オブザーバビリティ導入の教科書〜「投資対効果は?」に負けないオブザーバビリティの導入方法〜
New Relic株式会社 上席エヴァンジェリスト 清水 毅 氏
システムから出力されるあらゆる情報を計測し、システム内部の状態が常に観測・制御可能な状態を指す「オブザーバビリティ」。開発生産性の向上のほか、顧客満足度の向上や事業成長への貢献にもつながるとあって、近年注目を集めています。しかし、その重要性は理解していても、社内での導入や浸透となると難しいもの。特に、現状の監視体制で十分だと考える経営陣を説得し、新たなツール導入や体制構築に向けて動き出すのは簡単なことではありません。
そこでFindy Toolsでは、オブザーバビリティプラットフォームを提供するNew Relicの上席エヴァンジェリストの清水氏へインタビューを実施。オブザーバビリティの価値、New Relicの独自の強み、そして導入による事業貢献の可能性について深く掘り下げたお話を伺いました。本記事では、オブザーバビリティツールの導入に向けて、New Relicによる具体的な事例や戦略をご紹介します。
オブザーバビリティが事業貢献につながる理由
ーー はじめに、清水さんの現在の業務内容と、これまでのキャリアについて教えていただけますか?
現在、私はNew Relic の日本法人で、上席エヴァンジェリスト兼リードソリューションコンサルタントを務めています。具体的には、社内で位置付けた戦略的なアカウント顧客のコンサルティングをしながら、オブザーバビリティやNew Relicの啓蒙活動を広く行うという、2つの側面を持った活動をしています。New Relicには2019年に入社し、今年の11月に早いもので6年目を迎えます。
私のエンジニアとしてのキャリアは事業会社からスタートしました。そこでソフトウェア開発やインフラチームの運営など幅広い業務を経験した後、大手のクラウドサービス提供企業に移り、ソリューションアーキテクトとして多くの企業のクラウド戦略をサポートしました。New Relicへの転職を決めたのは、より直接的に顧客の事業成長に貢献したいという思いからでした。
ーー 国内の多くのお客様の事業を見られていると思いますが、そうしたNew Relicでの活動を通じて、最近の技術トレンドについてどのような印象をお持ちですか?
特に実感しているのが、オブザーバビリティに関する注目度の高さです。現在、多くの企業でデジタルビジネスが主軸になり、また従来のビジネスやサービスのデジタル化も急速に進んでいます。デジタルビジネスが成功するかどうかを左右する重要な要素が、サービスレベルと顧客体験、顧客価値です。オブザーバビリティは、これらを適切に観測し、可視化、コントロールするために不可欠なものです。
また、オブザーバビリティは、「マイナスを減らす」と「プラスを伸ばす」という2つの軸で事業に貢献します。「マイナスを減らす」とは、障害の発生を減らす、障害発生後の対応を迅速化するなど、トラブルを軽減させることです。一方、「プラスを伸ばす」とは、新機能の開発や事業の成長を促進することです。例えば、オブザーバビリティを正しく実践することで、エンジニアの生産性が向上し、障害対応にかかる時間を削減できます。その結果、新機能の開発により多くの時間を割くことができ、事業の成長につながるというわけです。
ーー 従来の監視ツールとオブザーバビリティツールの違いは何でしょうか?
従来の監視ツールは、主にログとメトリクスの監視に焦点を当てており、基本的に想定内の問題にしか対応できませんでした。これらのツールでは、顧客価値の低下や売上の減少といったビジネス上の問題把握とその解決が難しかったのです。
私たちはオブザーバビリティを、システムにおける「未知の問題を把握し、原因を特定し、修正までできる」ことが可能な状態と定義しています。オブザーバビリティツールは、従来の監視ツールとは異なり、想定外の問題にも対応できるのが特徴です。事前に予測できない問題を捉えて対応できるほか、アプリケーションレベルの問題や顧客体験に直接影響を与える要素まで可視化し、分析することができます。
また、組織全体で活用しやすい点もオブザーバビリティの大きな特徴です。開発チーム、運用チーム、セキュリティチーム、ビジネス部門が同じデータを見て、協力して問題解決に当たる。これにより、サイロ化を防ぎ、より効果的な事業運営が可能になります。
ーー オブザーバビリティの獲得が事業貢献にもつながる理由がよくわかりました。一方で、オブザーバビリティを導入する際の課題も気になります。
おっしゃるとおり、オブザーバビリティの導入にはいくつかの課題があります。
まず、多くの企業が、従来のログ監視やインフラ監視を高度化し、オブザーバビリティを実現したと誤解して満足してしまうという問題点があります。真のオブザーバビリティとは、問題の把握から原因特定、修正までを包括的に行える状態を指します。この認識のギャップを埋めることが、オブザーバビリティ導入の最初の課題となるでしょう。
次に、組織文化の変革も重要な課題です。オブザーバビリティツールを導入しただけでは不十分で、組織全体でオブザーバビリティを実践する文化をつくることが大切です。これには、経営層の理解や、部門を超えた協力が欠かせません。
さらに、技術面での課題も存在します。既存のシステムとの統合や、大量のデータの処理など、技術的な問題に対処しなければなりません。
これらの課題をひとつずつ克服していくことで、事業に貢献するオブザーバビリティの実践が可能になるでしょう。こういった課題に対応するために、New Relicでは、お客様のオブザーバビリティ導入と活用を全面的にサポートしています。
New Relicなら組織全体でオブザーバビリティを実現
ーー New Relicの成り立ちについて教えてください。
New Relicは2008年に創業しました。創業者のルー・サーニー(Lew Cirne)は元々Rubyエンジニアで、その10年前の1998年に、「エンジニアとして本当に必要なものをつくりたい」との想いから、APM(アプリケーションパフォーマンスモニタリング)を発明しました。ルーは当初、オンプレミス版APMの権威として開発を行っていましたが、2007年ごろには、クラウドコンピューティングであるAWSが登場し始めました。そこでルーは、SaaS版APMの需要が今後高まっていくことを予見し、New Relicを立ち上げたのです。
New Relicの根幹にある思想は、「エンジニアの困りごとを解決したい」という想いです。特にWEBアプリケーションに関わるエンジニアを中心に、彼らが直面する問題を理解し、それを解決するためのツールを提供することに注力しています。
特に重視しているのは使いやすさ。エンジニアの作業を効率化し、より創造的な仕事に時間を割けるよう、常にユーザー視点で開発しています。これは私たちの製品がエンジニアのためのソリューションであり、私たちの開発チームが自社製品を日常的に使用しているからこそできることです。
ーー New Relicが目指しているのはどのような世界なのでしょう。
私たちが目指しているのは、オブザーバビリティを通じてデジタルビジネスの成長を支援する世界です。私たちはオブザーバビリティを、技術的な課題解決にとどまらず、組織全体の生産性向上や事業貢献を実現する手段だと考えています。
具体的には、システムの状態を包括的に把握するための4つの重要なデータである、メトリクス、イベント、ログ、トレースを統合的に扱います。この4つのデータを組み合わせることで、単なるインフラ監視やAPMを超えた、事業貢献に直結するインサイトを提供しています。
重要なポイントは、オープンな技術エコシステムの構築です。OpenTelemetryなどのOSSとの連携を強化し、様々なデータソースからの情報を柔軟に取り込み、分析できるようにしています。既存のシステムや他のツールとの統合によって、より包括的なオブザーバビリティを実現しています。
また、エンジニアの生産性向上に貢献することもポイントです。ツールの運用負荷を軽減し、エンジニアが本来の開発業務に集中できる環境を提供します。さらに、生成AIを活用した高度な分析機能により、より深いインサイトを提供することも目指しています。
ーー New Relicが目指すオブザーバビリティを活用した世界は、ユーザーにとってどんなメリットがありますか?
従来、システムの問題解決を行えるのは、高度なスキルを持つ一部のエンジニアだけとなっていました。ですが、New Relicを活用すれば幅広いメンバーがシステムを学習・理解し、問題解決に貢献できる環境が実現します。これにより、ジュニアなメンバーでも即戦力として活躍できるようになるでしょう。
また、私たちは機能ごとではなく、ユーザーライセンスごとに課金するモデルを採用しています。機能ごとの課金モデルでは、システムの規模が大きくなるほどコストが膨らんでしまいます。それに対し、ユーザーライセンスごとの課金モデルでは、各ユーザーが必要なすべての機能にアクセスできるため、大規模システムでもコスト効率よく運用できる。さらに、機能の制限を気にする必要がないため、効率的に問題解決や事業貢献に集中できるのです。
特に注目していただきたいのは、ベーシックユーザーの開放です。これにより、開発者やオペレーションチームが高度に利用するだけでなく、ビジネス部門の方々も New Relicのダッシュボードにコストをかけず簡単にアクセスできるようになります。
その結果、開発者やオペレーションチームの方々は、ビジネス部門が理解できる言葉でダッシュボードを作成することが可能になります。つまり、New Relicを通じて、システムのパフォーマンスとビジネス業績の相関性をリアルタイムに観測するビジネスオブザーバビリティを実現していることになりますね。
こんな事例があります。AI SaaSを提供するAI inside社の三谷様によると「部門間の連携負荷の課題があり、具体的にはプロセスの体系化と社内展開の改善が必要で、その解は『共通言語』だったのです。New Relicでダッシュボードを作り、エンジニアだけでなく営業やカスタマーサクセス、経理、業務委託の方なども含む全メンバーが同じ言語で語れる状態を作り、「ここを深掘りしていこう」「問題を特定しよう」「修正しよう」というサイクルを回しやすくなりました。その結果、開発部門への社内の問い合わせが大幅に減少しました。
これまで細かな問い合わせが積み重なり、生産性を大きく損なってきたのは見過ごせない事実です。ですが、社内のコミュニケーションが大きく改善されることによって、エンジニアがより価値の高い業務に集中できるようになるのです。
ーー 組織全体でのオブザーバビリティの実現につながっていくのですね。
その通りです。オブザーバビリティは、エンジニアの働き方や組織文化にも大きな影響を与えます。
従来、深夜や休日を含めた緊急対応に追われ、本来の仕事である機能開発に集中できないエンジニアは珍しくありませんでした。しかし、オブザーバビリティを正しく実践することで、問題の早期発見や迅速な対応が可能になり、そうした負担が大幅に軽減されます。さらにユーザーライセンスを採用しているため、本番環境で起きた問題を瞬時に遡ることだけでなく、開発環境やステージング環境で問題を発見することで、そもそも本番環境で問題を起こさないという本質的な対応がとれることになります。
開発に集中できる時間が増えることは、エンジニアにとっては福利厚生のようなもの。オブザーバビリティは技術だけではなく、組織の課題解決にも必要なのです。そのことを、経営層の方々にも理解してもらわなければならないと考え、啓蒙活動を行っています。
導入成功の鍵は、目標設定と現状把握から始めること
ーー オブザーバビリティを導入する前に準備すべきことはありますか?
オブザーバビリティを導入する際には、まず現在の環境でその成熟度を高めることが重要です。次の図は、クラウドジャーニーを実践するお客様へ向けた、早期のオブザーバビリティ(o11y)採用の重要性をご説明する際によく用いるオブザーバビリティジャーニーの図です。このように、オブザーバビリティの成熟度(縦軸)とクラウドネイティブ度(横軸)を考慮して、オンプレミス環境やVM環境(クラウドリフト)で可能な限りオブザーバビリティを向上させておくことが推奨されます。
特に、クラウドへの移行を検討している場合、オンプレミスの状態でオブザーバビリティを強化し、図の「ベストプラクティスゾーン」に到達することを目指します。これにより、「クラウドの壁」や「クラウドネイティブの壁」をスムーズに乗り越え、クラウドシフトがしやすくなります。
これにより、オンプレミス環境とクラウド環境のビフォーアフターどちらをも可視化し、リスクを最小限に抑えながら安心してクラウド移行を進められるでしょう。
ーー 導入の具体的な事例はありますか?
この5年で多数の事例がありますが、最近、私が担当した代表例であるNTTドコモの映像配信サービス「Lemino」の事例を紹介します。「Lemino」チームでは、以前はEC2とZabbixを使用していました。コンテナ化を進めようとした際、既存のZabbixでは新しい環境のメトリクスやログを適切に取得できず、どう対応すべきか分からない状況に。そこでNew Relicを導入しました。
多くの場合、新しいツールを導入する際にはすぐに高度な機能を使おうとしますが、「Lemino」は違いました。まず、既存のZabbixで行っていたメトリクス監視、ログ監視、アラート監視の全てを、New Relicで再現することから始めたのです。
その上で、New RelicのErrors InboxやAPMも同時に導入し、開発者向けのDevOps対応を整備しました。さらに、ビジネスチームが必要とするダッシュボードも含めて、システム側から提案型で進めていきました。例えば、運用チームが協力して、大規模イベント時のアクセス数やアクセスユーザー数など、ビジネス部門側が知りたい情報も可視化しました。
ーー 段階的に機能を拡張していったのですね。
はい。理想的には「まずAPMをしっかり入れる」ところから始めるべきと言えますが、実際には社内で必要なものを段階的に全てNew Relicでまとめることが重要です。
「Lemino」チームの中島さん、松原さんがお話しされていたのは、「まず、既存の監視ツールで行っていることがNew Relicでもできることを示し、その上でAPMを導入し、ログやメトリクスの統合や可視化だけでなく、ビジネスやユーザー体験まで見られることを体験してもらう。これを早い段階で、社内の仲間を増やしながら実現することが重要だ」ということでした。
ーー 「Lemino」の事例は、段階的な導入が成功のカギだったようですね。ところで、多くの企業がオブザーバビリティの導入を進める際、ROI(投資対効果)の示し方に悩んでいると聞きました。
ROIを示す際に重要なことは、単純なツールコストの比較ではなく、総合的な視点で考えることです。多くの場合、お客様は現在使用しているツールとNew Relicの費用を直接比較しがちですが、これは適切な比較とは言えません。また、日本企業は人材投入にはお金をかけますが、ツールへの投資は躊躇する傾向があります。
ROIで特に注目すべきは人的コストです。例えば、中級エンジニアの人件費と年間のインシデント数から、現状の障害対応コストを算出します。また、新規開発が停滞することによる機会損失も考慮します。
具体的には、中級以上のエンジニアの生産性を単位時間当たりで見積もり、それが新規機能開発や収益増にどうつながるかを計算します。これにより、オブザーバビリティの導入が単なるコスト削減ではなく、生産性向上や新たな価値創出につながることを示せるでしょう。
ーー そのような分析は、企業も新しい視点を得られそうですね。
実は多くの企業がこのような定量化をしたことがありません。開発生産性を低下させながら、障害対応の人件費を「湯水のように使っている」のが実態なんです。
重要なのは、ツールの比較や機能の比較ではなく、「自分たちの理想の状態と今を比較すること」です。自分たちが良い状態になったらどんな世界になるのか、オブザーバビリティを本当に組織として獲得できたらどう変わるだろうか、ということをちゃんと考える必要があります。
現状の負担を定量化・定性化し、改善後のメリットを具体的に示せれば、経営層の理解も得やすくなるでしょう。
ーー New Relicはどのようなサポートを提供しているのでしょう。
オブザーバビリティ導入の第一歩は、現状把握と目標の明確化です。しかし、多くの企業が監視の実現だけで満足してしまい、真のオブザーバビリティの価値を理解できていないのが現状です。
この課題に対応するため、New Relicは他社と比較してもかなり手厚い技術支援体制を用意しています。実際、当社の社員の半数以上が技術支援メンバーです。
私たちのアプローチは、まず「1年後、2年後にどうなりたいですか?」という質問から始まります。これが全てのプロセスの基礎となります。次に、自社の現在の状況を正確に理解し、課題や障害対応に使われている工数などを定量化。そして、現状と目標の間のギャップを明らかにし、それを埋めるための計画を立てます。
導入プロセスはPoCのキックオフから始まり、クロージング、契約フェーズ、オンボーディングと進みます。各ステップは、長期的な目標達成のためのマイルストーンです。全ステップを通じて、それぞれのお客様を担当するNew Relicの SC(Solutions Consultant)が一貫してサポートを提供します。
New Relicの導入・活用支援の特徴は、単なるツール導入ではなく、お客様の目標・事業・組織に合わせて理想の状態に到達するための道筋を一緒に考え、実現をサポートすることです。
エンジニアが価値のある仕事に集中できる世界を実現したい
ーー オブザーバビリティが浸透していくと、どのような変化が期待できますか?
ある企業のVPoEの方が「New Relicは福利厚生のようなものです」とおっしゃっていたんです。その方は、まるでMacBookを配るようにNew Relicを新入社員に渡していると言っていました。
New Relicでオブザーバビリティが高まれば、社内からの不要な問い合わせや報告書作成による作業の中断が減ります。不必要な差し込み業務が減ることで、エンジニアが集中して開発に取り組める時間が増える。それはエンジニアを守ることにもつながります。
私の過去の職場での経験ですが、作った機能の不具合対応に多くの時間が取られて、新しい機能の開発に十分な時間を割けなかったことが何度もありました。また、障害対応や調査に追われてしまって、本来の開発に集中できないことも多かったんです。それが本当にもったいないと感じました。
ーー 清水さんご自身の経験が、現在の仕事に大きな影響を与えているんですね。最後に、オブザーバビリティを推進する担当者に対してメッセージをお願いします。
私は現在、過去の私のような立場に置かれたエンジニアの方々を含め、一人でも多くのお客様に貢献し、その待遇の向上や挑戦を応援したいと思っています。関わる皆さんが事業貢献をしながら、昇進や昇給、自己実現を目指す過程をサポートしたいと思っていますし、New Relicというソリューションは、そのための有効な手段となります。
New Relicを活用して、皆さんが積極的に事業に貢献し、その結果が評価に繋がっていく世界、そして1社でも多くのお客様のデジタルビジネスへの挑戦を応援することで、日本の競争力も上がり、日本社会はては世界がよくなることを望んでいます。
そのために、New Relicの全社員が大切にしていることは、やはり「カスタマー・サクセス」(お客様の成功)です。製品を販売して終わるのではなく、ともに同じゴールを目指すパートナーとして、お客様が生産性を高め、事業をドライブすることをサポートさせていただきますので、オブザーバビリティの導入や社内浸透でお悩みのことがあれば、ぜひお声がけいただければと思います。