【内製開発Summit 2025】朝日新聞の開発内製化ジャーニー レガシー刷新、品質向上、取材・制作現場との共創による全面リニューアル
2025年2月27日、ファインディ株式会社が主催するイベント「内製開発Summit 2025」が、野村コンファレンスプラザ日本橋にて開催されました。
本記事では、New Relic株式会社の技術統括コンサルタント部ソリューションコンサルタントを務める板谷郷司氏、株式会社朝日新聞社の朝デジ事業センター開発部ディレクターを務める石田隼基氏によるセッション「朝日新聞の開発内製化ジャーニー〜レガシー刷新、品質向上、取材・制作現場との共創による全面リニューアル〜」の内容をお届けします。
ウェブアプリケーションやITシステムのパフォーマンス監視・分析ツールとしてオブザーバビリティプラットフォームを提供するNew Relic株式会社と報道機関としての役割を果たしながら、メディア・コンテンツ企業として多角的な事業展開を行う株式会社朝日新聞社。
本セッションでは、内製化を成功に導くためのエンジニア採用戦略の具体的な施策や、技術チームが生産的かつ創造的に働ける文化を育むためのアプローチについてお話しいただきました。
■プロフィール
板谷 郷司
New Relic株式会社 技術統括 コンサルティング部 ソリューションコンサルタント
長年インフラエンジニアとして従事。オンプレミスおよびクラウドでの大規模Webインフラの設計、構築、運用を専門とする。物理、ネットワークからアプリまで幅広い開発構築経験もあり、バックエンド全体の知識を有する。最近のブームはIoT鉄道模型。
石田 隼基
株式会社朝日新聞社 朝デジ事業センター開発部 ディレクター
1990年3月28日生まれ。北海道大学大学院情報科学研究科修了。2014年、株式会社ドワンゴに新卒入社し、生放送サービスのフロントエンドリプレースなどに従事。現在は朝日新聞社にて朝日新聞のデジタル版アプリをフロントエンドからバックエンドまでフルスタックで開発し、テックリードとしてチームを牽引。クラウドインフラからUIまで幅広い技術を強みに、サービスの成長に貢献。
内製開発におけるキーポイント
板谷:New Relic株式会社の板谷と申します。本日は朝日新聞社様にご協力いただき、「開発内製化ジャーニー」として、朝日新聞社様の事例を交えてお話しさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
まず、朝日新聞社様のお話をいただく前に、内製開発のキーポイントについてお話しさせていただきます。
皆様は内製開発を実現する組織または開発体制において、さまざまな目標をお持ちかと思います。組織としては、技術と事業のプロフェッショナルがそれぞれ協業し、需要をシステム化してビジネスを発展させていくことを目指しているでしょう。
また、開発体制としては、継続的なリリースや改善施策を迅速に行い、システムとビジネスの連携をすぐに反映することを目的に内製開発を進めることを理想とされている企業も多いと思います。
外注で開発を行う場合、要件を正確に伝えることが難しかったり、改善に時間がかかってリードタイムが長くなり、ビジネスチャンスを逃してしまうことも少なくありません。
内製開発の理想と課題①:組織づくり
板谷:内製開発の理想として、まず組織づくりが挙げられます。理想的には、事業・ビジネス部門と技術・エンジニア部門が同じ目線に立ち、業務とシステムの両方を理解し、双方がスキルフルな状態でビジネスを構築することです。
しかし現実には、これまで外注を行っていた場合や、内製人員を新たに採用する過程で、既存のプロセスが理解できないことがあります。さらに、業務システム自体も外注から内製に移行する中で把握しづらくなり、「業務とシステムの分断」が生じることがあります。このような状況では、「システム理解」が業務部門とエンジニア部門をつなぐカギになってきます。
内製開発の理想と課題②:開発体制の整備
板谷:もう一つの理想は、開発体制についてです。エンジニアは開発に集中・専念でき、問題が発生した場合もすぐに対処してビジネスを継続できる状態が理想的です。
しかし実際には、開発やリリースの段階で本番環境に問題が発生したり、対応できる人員が限られて属人化が起こりがちです。このような状況では、通常ハイスキルのエンジニアが対応に追われるため、本来の開発業務が滞るという負のループに陥ることもあります。そのため、開発・リリースを妨げない仕組みの整備が必要です。
「オブザーバビリティ」の重要性
板谷:ここで覚えていただきたい言葉が「オブザーバビリティ」です。内製開発を進める際、システムとビジネスがどう動いているかをユーザー体験のレイヤーから様々なデータを取り込み、分析・関連付けを行って可視化します。
組織内のビジネスサイドと技術サイドが同じデータを扱えるようになることで、組織内の誰でもシステムを理解できる状態になり、エンジニアは開発のシフトレフトや問題の切り分けを迅速化できるようになります。本番環境で問題が発生した場合も迅速に対処でき、開発段階でのテストを通じて問題の事前防止にもつながります。
New Relicの取り組み
板谷:New Relicでは、ダッシュボードやPathpoint(パスポイント)といったビジネスプロセス全体を可視化する機能を提供し、誰でもシステムを理解できる環境を構築しています。システム間の関連性やビジネスプロセスとの紐付けを、エンジニアとビジネス部門の両方で確認できることで、効率的なシステム開発が可能になります。
また、開発のシフトレフトにおいても、問題を早期に切り分け、迅速に対応することで、テスト段階で頻発するエラーを解消したり、本番環境のサービス状況を可視化することができるようになります。
ここからは、朝日新聞社の石田様より、実際にNew Relicを使用した同社での内製開発の取り組みについてお話を伺います。石田様、よろしくお願いいたします。
朝日新聞社の内製化事例
石田:株式会社朝日新聞社の石田と申します。本日は、「朝日新聞の開発内製化ジャーニー、レガシー刷新、品質向上、取材・制作現場との共創による全面リニューアル」と題して、お話しさせていただきます。
石田:まず最初に自己紹介をさせてください。2014年4月、株式会社ドワンゴに新卒で入社し、動画配信プラットフォームの開発や通信制高校の教育サービス立ち上げに携わり、ウェブフロントエンドの開発エンジニアとしてシステム開発を担当しました。
2023年3月に朝日新聞社へ転職し、入社直後には課題を抱えたプロジェクトの立て直しを任され、半年間の奮闘の末に無事リリースにこぎつけました。
その後、上長から声がかかり、朝日新聞アプリの全面リニューアルプロジェクトへと参画。それから現在まで、約1年にわたり、バックエンドからウェブフロントエンドまで幅広く開発に携わっています。
では、本日のアジェンダについてです。まず、「朝日新聞のデジタル版」の歩みというところをお話しして、なぜ内製化をしたのかという課題と目的についてお話しします。
石田:実際に内製化をどういうふうに進めていったのか、その中で様々なツールを活用した事例をお話ししたいと思います。内製化を進めたことによって生まれた成果事例として、朝日新聞のアプリのリニューアル、今後の展望、教訓をお伝えしていきたいと思います。
本日ご参加の皆様には、特に大企業やレガシーシステムを抱える環境下での内製化の成功アプローチと、それによる組織変革の実例を知っていただきたいと考えています。
朝日新聞社は新聞によるコンテンツを事業とする企業です。その特性ゆえに直面する独自の課題と、それを解決するための工夫についても共有させていただきます。
皆様の中には、自社でのDXや内製化に取り組まれている方も多いかもしれませんが、朝日新聞社の事例が、皆様の取り組みに具体的なヒントを提供できれば幸いです。
朝日新聞のデジタル戦略とアプリサービス
石田:まずは、朝日新聞社の紹介からさせていただきます。1879年に創業し140年以上の歴史を持つ朝日新聞社は、紙の新聞を事業の柱としながらも、近年はデジタルシフトを急務として取り組んでおり、デジタルメディアによるコンテンツ事業にも力を入れています。
石田:朝日新聞社は紙媒体に加え、アプリとWebの両方でデジタル版のプロダクトをサービスとして展開しています。両プラットフォームともに内製化を実現していますが、本日は主に朝日新聞アプリについてお話しさせていただきます。
アプリ版は2種類展開しています。一つは「朝日新聞アプリ」で、速報ニュースやニュースの要点、TOPIXなど多様なコンテンツを通じて読者のニュース理解を深める機能を備えています。もう一つは「朝日新聞紙面ビューアーアプリ」で、朝刊・夕刊の紙面をそのままデジタルで閲覧できるサービスです。今回のリニューアルは前者の「朝日新聞アプリ」に焦点を当てて、お話しをさせていただきたいと思います。
石田:現状の課題として、紙の朝刊部数が330万部あるのに対し、デジタル版の有料会員数は30万人に留まっています。この数字を増やし、より多くの読者にデジタルサービスを利用してもらうことを目指しています。
デジタル版朝日新聞の歩み
石田:当社のデジタル版は歴史が深く、1995年のアサヒコム開設にさかのぼり、インターネット黎明期からサービスを展開してきました。
2011年春には有料購読モデルの朝日新聞デジタルをスタートし、同年夏にはアプリ版もローンチしました。当初は外部委託で開発をしていましたが、2020年のコロナ禍をきっかけに内製化へと舵を切りました。
石田:そして2025年1月、アプリの全面リニューアルを実施し、この際、サービス名も「朝日新聞デジタル」から紙媒体と同じ「朝日新聞」へと統一されました。「より深いニュース体験を追求する」をコンセプトに、ロゴとアイコンを刷新し、デザインや機能をアップデート、UI・UXも一新されました。
内製化の3つの目的
石田:ここで、2020年の内製化決断に至った課題と目的についてお話ししていきたいと思います。
外部委託型の開発体制では、紙媒体の発行部数が全盛期の半分以下となる中でのデジタルシフトに必要な「柔軟性とスピード」が不足していました。自社でソリューションを持たない構造が、細部の改善やクオリティコントロールを著しく阻害していたのです。
また、朝日新聞社特有の課題として、高度な専門性を持つ記者チームと外部委託の開発チームの間に「専門性の非対称」が存在していました。取材現場を熟知し、コンテンツ制作のプロフェッショナルである記者たちは、読者へのより良いニュース提供について多くの知見を持っていましたが、それをプロダクトに迅速に反映する仕組みが欠如していました。
石田:さらには多様な施策の優先順位が不明確であった点も課題でした。記者たちは質の高いコンテンツ提供への意欲は高いものの、プロダクト開発の専門家ではないため、データに基づいたプロダクト開発のノウハウが蓄積されていませんでした。
さらに、2011年から稼働していたシステムのレガシー化も深刻な問題となっていました。細かな改善要望があっても、外部委託体制では迅速な対応が困難な状況でした。こうした課題を解決するため、朝日新聞社は三つの目的を掲げて内製化に踏みきりました。
一つ目は、「開発スピードと柔軟性の確保」。企画から開発、運用までを一元管理し、技術基盤と開発プロセスをモダン化することで迅速な機能改善を実現することを目指しました。
二つ目は、「新しいメディア体験の創出」です。専門性の高い記者とエンジニアの連携を活かし、新聞社ならではの新しいプロダクトを生み出す可能性に注目しました。
三つ目は、「大規模組織でのスムーズな意思決定」です。自社で技術スタックを管理することで、レガシーシステムに起因する調整業務を削減し、意思決定の効率化を図りました。
内製化推進の具体的アプローチ
石田:次に、実際に内製化をどういうふうに進めていったのかというところをお話ししていこうと思います。まず最初の取り組みとして、当時の開発組織の部長を中心に組織再編をするところからスタートしました。
それまでは、事業部門がエンジニア部門に開発を依頼する「社内外注」的な関係性でしたが、これを解消するため、プロダクトの内製化とともに一部のエンジニアを事業部門に移動させる仕組みを採用しました。小規模から始め、徐々に内製組織を拡大していく段階的アプローチを取りました。この過程では、社外CTOである広木大地氏に相談しながら、組織・環境面の改善を進めていきました。
主な取り組みとしては、体制面を変更した上で、バックエンドを内製化し、マイクロサービス化しました。さらに、iosとandroidアプリもそれぞれ内製化しました。
ビジネスサイドと技術サイドを繋ぐ「ワンチーム」の体制変更
石田:組織体制の変革において最も重要だったのは、編集チームと開発チームを一つに統合した「ワンチーム」の構築です。組織の垣根を越えた横断的なチームを形成することで、従来の部門間に存在していた「受発注関係」を解消しました。
これにより、フラットな関係性の中でコミュニケーションを行うことができ、編集側とエンジニア側の双方の視点から多様な意見が交わされるようになり、コミュニケーションが活性化しました。
石田:また、スクラム開発手法の導入も行いました。特別な工夫というよりも、スクラムの基本原則に忠実に従うアプローチを取りました。
具体的には、「スプリント単位での開発サイクルと定期的なスコープ見直し」「週次のスプリントレビューによる方向性の調整」「振り返りの重視によるチーム内ノウハウの蓄積」など、これらの「やるべきことを愚直に実行する」姿勢が、新たな体制の基盤となりました。
バックエンドの内製化については、今までモノリシックなシステムだったのを、ログインや課金、あるいはコンテンツ配信という個別の単位で、コンテキストごとにそれぞれ区切って分割しました。
大きな機能をサービス単位に切り分けることで、開発スピードとスケーラビリティを両立させることができました。さらに、Goとクリーンアーキテクチャでサービスの基盤を統一することで、アプリケーション間のスイッチングコストを抑制しました。
石田:朝日新聞社は開発の企業ではないので、どうしても業務委託の方々中心に開発を進めているのですが、ここで技術選定がバラバラだと採用もしにくく、アプリケーション間をまたいで開発を進めることが難しい。
そういったスイッチングコストを抑制するために、できるだけバックエンドの技術選定は統一する方針を取って進めました。
これによって各サービスの改修やデプロイが独立することで、部分的なアップデートが容易になりました。今も、週に2、3回ぐらいは、バックエンドを気軽にリリースをしていますが、ビッグバンリリースにならないように、デプロイ頻度を確保できている状況です。
石田:さらに、モバイルアプリも内製化しました。現在はiOSとAndroidの各チームを4〜5名で運営しています。
外注時代と比較して、UIの改善や機能追加を迅速に反映できる体制を構築しました。最近の取り組みとしては、「SwiftUI」や「Jetpack Compose」など各OSに最適なUI frameworkを採用しています。これにより、一部の画面でモダンで洗練されたUIを実現しています。
さらに、通信プロトコルとして、従来の「REST API」に加えて、一部のサービスで「gRPC」を導入しました。特にバックエンドのマイクロサービス間の通信では、スキーマ管理を統一し、スイッチングコストを削減しています。
内製化に伴う新しい課題
石田:プロジェクト開始当初は、全員が手探りの状態で実質的な進捗がない状況でした。これは単なる怠慢ではなく、具体的な進め方が分からないことが主な原因でした。中途採用者を中心に、スクラム開発の手法を丁寧に導入し、地道に協業の仕組みを構築。徐々にプロジェクトを軌道に乗せ、ノウハウを蓄積していきました。
プロジェクト開始時には、繰り返し説明会を実施し、現場間でのボトムアップな合意形成を重視しています。これは、大企業らしい、そして朝日新聞社特有の文化とも言えるアプローチです。
石田:当社のような、いわゆるデジタルネイティブではない組織特有の課題が、典型的な大企業のトップダウン型アプローチとは異なり、むしろ、現場レベルでの自発的な動きが特徴的です。「やらざるを得ない状況」が生まれ、説明会を重ね、それぞれが手探りで理解し、徐々にプロジェクトを形作っています。現在も、完全に確立されたプロセスがあるわけではなく、試行錯誤を続けている状況です。
石田:内製化は、同時に新たな課題も浮き彫りにしました。
システム全体を俯瞰することが困難になり、既存の外注システムがボトルネックとなるケースが増加しました。パフォーマンスの根本原因特定が複雑化し、ボトルネックを見つけ得るのが非常に困難な状況になりました。
また、組織拡大に伴い、チームの成果を持続的に維持することが高度化し、チームの健全性を可視化することが必須になってきています。
New Relicの導入の背景と成果
石田:開発チームへの継続的な高いパフォーマンス期待がある中で、こうした課題を解決するため、弊社では「New Relic」を導入しました。
これにより、システムパフォーマンスを可視化することができるようになり、「SLO(サービスレベル目標)の設定と管理」「リアルタイムの障害・遅延通知」「ボトルネックの直感的把握」などが可能になりました。
石田:このような課題解決に加えて、New Relicを導入したことで、文化的な変革も起こりました。
「日次でのSLO達成度確認」や「パフォーマンスボトルネックの日常的な分析」の文化が根付き始めています。特に、New Relicの直感的なダッシュボードが、分析文化の浸透に大きく貢献し、継続的な改善サイクルの構築に繋がりました。
石田:例えば、毎朝New Relicダッシュボードでの詳細分析を確認する機会が設けられたことで、デプロイ後の潜在的な性能劣化への迅速な対応が可能になり、開発を進める中で何か問題が起こった際に、New Relicを確認する文化ができたことで、負荷試験中のボトルネック発見、N+1問題などの技術的課題の即時特定と修正など、継続的で迅速な改善が可能になりました。
単なるツール導入で終わるのではなく、ツールが直感的に使いやすいことで、組織全体の分析能力が高まっていく。こういった文化を根付かせることが、内製化を進める上でとても重要な要素だと考えています。
Findy Team+で開発生産性を見える化
石田:さらに、Findy Team+ツールを導入することで、開発チームの生産性を客観的に評価できるように可視化しました。チーム単位で課題を把握し、PDCAサイクルの実践を日常的に行った成果として、「Findy Team+ Award2024」で開発生産性が高い組織として表彰されました。
石田:当社は、非IT企業でありながら、トップ企業と並ぶ評価を獲得したことで、エンジニアのモチベーション向上にも大きく貢献しました。
表彰の背景としては、特に、「スクラム指標とGitHub活動の徹底改善」の面を評価いただきました。定期的にスプリントを振り返り、ベロシティや完了率を可視化して目標設定を行ったり、GitHubコミットやPRレビューの分析をすることで、ボトルネックを発見し、次のスプリント計画に反映をしています。
継続的にこうした取り組みを行うことで、チーム全員が客観的な指標を見て改善に参加することができ、実際のアウトプットが着実に向上しています。
「朝日新聞アプリ」のリニューアル
石田:続いて、内製化の実際の成果として、朝日新聞アプリのリニューアルについてお話しさせていただきます。この開発プロジェクトは、約1年間という短期間での大規模リニューアルプロジェクトでした。
2023年の10月にプロジェクトが始動し、2024年6月に記者フォロー機能を第一弾としてリリースしました。そして、2025年1月にアプリを全面リニューアルしました。
石田:記者フォロー機能は、従来の一方向的な情報提供から、読者と記者の双方向コミュニケーションを可能にする画期的な機能です。
記事にフォローボタンが表示され、記者をフォローすると、フォローした記者の新着記事、イベント出演情報、記者の注目記事、SNSのような記者によるつぶやき機能などがタイムライン上で表示されるようになります。
石田:さらに、一部の記者には読者から直接メッセージを送ることが可能で、これによって読者と記者の直接的な交流を実現し、双方向性が導入されました。リニューアルの全体的な主な変更点としては、見やすさとフォロー機能強化を中心に刷新しています。
短期リリースを実現した開発体制
石田:このようなスピード感を生んだ開発体制についてお話ししていきたいと思います。アジャイルと内製化については既に触れましたが、それらを踏まえた上で、私たちは驚くべき短期リリースを実現しました。
開発プロセスには、主に3つの大きな柱がありました。特に力を入れたのは、週1回のスプリントレビューの実施です。デザイナー、プロモーション担当、編集、QAなど、幅広い職種のメンバーが参加し、毎週の成果をデモを交えて共有し、フィードバックを次の改善に活かすサイクルを回していました。
石田:このスプリントレビューには、予想外の副次的効果もありました。1週間でデモできる程度にアプリとバックエンドを結合してテストする必要があるため、早い段階での結合と問題検知が可能になりました。バグやパフォーマンスの課題を迅速に特定し、改善できる体制を築くことができたのです。
さらに、記者プロフィールやつぶやき入力のためのCMSもフルスクラッチで内製開発しました。これは従来の記者業務には存在しなかった新しいアプローチです。読者との新たな繋がり方を模索する中で、入力フローやつぶやきに伴うリスクを慎重に検討しました。
新聞社の既存の記事レビュープロセスを参考に、承認のワークフローを設計しました。しかし、実際の運用については、「やってみないとわからない」部分が多くありました。そのため、1月から6月にかけて、機能を改善しては記者に実際に使用してもらい、アプリ開発と並行してCMSの改善を継続的に行いました。
また、使いやすさを追求し、低コストながら高品質なUIの実現にこだわりました。これは、内製開発だからこそ可能だった柔軟な対応の一つです。外注では難しい、予測不可能な課題にも迅速に対応できました。
さらに、本番用ビルドを社内テスターに早期配布し、早期にフィードバックを得て、改善を素早く回す取り組みも行っていました。
内製化がもたらした「組織変革」
石田:こうした内製化の取り組みは、組織に大きな変革をもたらしました。
記者とエンジニアの組織を越えた一体感とコラボレーションが活性化し、組織間の距離が縮まったことで、新機能のアイデアを迅速に実装可能になりました。大企業とレガシー環境においても、アジャイルと内製文化が根付き始めています。
私たちの挑戦は、伝統的な組織における開発プロセスの革新を示す、ひとつのモデルケースとなったと自負しています。
石田:今後の展望としては、「信頼性とパーソナライズを両立する」ニュースメディアを目指していこうと考えています。
これまでの紙の新聞は、編集者が読者に「読んでほしい」記事を一方的に提供するモデルでした。しかし、今後は個々の読者の興味や思考に寄り添い、求める情報をすぐに見つけられる体験を目指します。
さらに、インターネット上の情報が氾濫する現代において、「信頼性」は最も重要なキーワードとなっています。私たちは、記者と読者の距離をさらに縮め、朝日新聞社の記者の信頼性を高める取り組みを強化していこうと考えています。
また、生成AIをはじめとする最新テクノロジーを積極的に活用し、ジャーナリズムの可能性を広げていきます。テックとジャーナリズムの融合は、これからのメディアの未来を切り開くカギとなるでしょう。
内製化成功のためのヒント
石田:内製化を成功させるための最大のヒントは、組織の壁を越えて横断的に「ひとつのチーム」を作ることです。「徹底した合意形成」や「開発チームのアウトプットを逐次レビューできる体制」、「可視化ツールの活用」を行うことで、組織の枠を越えた柔軟で革新的な開発体制を実現することができます。
石田:最後に、まとめです。朝日新聞社は、開発内製化により、「レガシーから脱却」をして、従来の組織文化と開発プロセスを刷新し、開発スピードを大幅に向上させました。また、「記者とエンジニアの協業」がこれまでにない新しい価値を創出しました。
大規模組織でも、丁寧な合意形成プロセスを通じて、「組織変革が可能である」ということを、当社の事例からぜひ知っていただければなと思っております。
私たちの事例が、デジタル時代におけるメディア組織の変革への道筋を示す一つのモデルとなれば幸いです。本日の発表は以上となります。ご清聴ありがとうございました。