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【内製開発Summit 2025】郵便局サービスのデジタル変革を賭けたエンジニアリング内製化への挑戦 ~JPデジタルの軌跡~
公開日 更新日

【内製開発Summit 2025】郵便局サービスのデジタル変革を賭けたエンジニアリング内製化への挑戦 ~JPデジタルの軌跡~

日本郵政グループのDX変革をリードする目的で設立されたJPデジタル。その取締役執行役員であり、CIO/CISOとしてプロジェクトを進める柴田彰則さんが、「郵便局サービスのデジタル変革を賭けたエンジニアリング内製化への挑戦~JPデジタルの軌跡~」と題し、 内製化およびDX変革を進めてきたプロセスや、成功のポイントを解説します。

日本郵政グループのような従来型の事業会社がDX改革を進める難しさに注意しながら、「スクラム開発の導入」「デザイン系のチーム構築」「エンジニアリングチームの立ち上げ」「DevOpsの展開」という4つのステップで、内製化に取り組んでいます。



■プロフィール
柴田彰則
株式会社JPデジタル 取締役執行役員 CIO/CISO

日本オラクル株式会社を経て、日本郵政へ入社。日本郵政のIT企画にてグループでのクラウド推進組織に従事、日本郵便のトータル生活サポートとして新サービスの立ち上げ、日本郵政のグループIT 統括に従事した後、日本郵政のグループ DX の立ち上げ、JP デジタ ル設立から参画。

「郵便局の未来を開く」というビジョンを掲げ、DX変革を進める

JPデジタルという会社で郵便局のデジタル改革を進めております。JPデジタルは、設立して3年半ぐらいの会社です。






我々JPデジタルは、「郵便局の、未来を拓く」というビジョンを掲げています。まだとても小さな会社ですが、スライドに示したタグボートのように、日本郵政グループを引っ張り、DXを進めて行くのが弊社のビジョンでありミッションです。

郵政グループのような古くて大きな会社がDX に取り組むと聞くと「流行りに乗ってDXの出島みたいな会社を作ったんだろう」と思われがちです。これは外部の方だけでなく、社内やグループ内、郵便局の現場の社員の方も、おそらく同じように思っているでしょう。

内製化の目的としては、開発のスピードアップ、コスト削減、品質向上、技術力の蓄積等、会社によってさまざまだと思います。JP デジタルにとっての、開発内製化の最大の目的は、我々自身が主体となって開発する姿を見せることで、DX 変革を我々が真剣に取り組んでいること、そしてそれは実現できるものだと示すことです。

社会インフラとして商品やサービスを提供する日本郵政グループ




まずは簡単に、日本郵政グループについて説明させていただきます。おそらく名前や事業内容を知らない方はいらっしゃらないでしょう。また、郵便局に行かれることもあるでしょうし、使っているかにかかわらず、ゆうちょ口座も多くの方がお持ちだと思います。

郵便局は全国に2万4000局あり、グループ社員は40万人。ゆうちょ銀行の口座の数は1億2000 万、つまり国民のほとんどの方が口座を持っている状況です。生命保険であるかんぽ生命は2000万の契約があります。

多くのお客様との関係や取引を持ってはいますが、そのデータやサービスが昔ながらのやり方で管理されている。それが、日本郵政グループ最大の課題となっています。

データを活用し、お客様により良いサービスを提供するのが我々のチャレンジです。後ほどご紹介しますが、共通のIDである「ゆうID」を活用して、スマホアプリ「郵便局アプリ」を開発し、提供しています。郵便局アプリは、スライドに400万ダウンロードと書いていますが、この3月におそらく500万ダウンロードほどになる予定です。

郵政グループの「デジタル戦略会社」として発足




JPデジタルは、郵政グループのデジタル戦略会社といった位置づけです。日本郵政というホールディングスの下に日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の3事業がぶら下がっていいますが、金融2社は資本関係を下げる方向に進んでおり、ゆうちょ銀行は50%以下です。したがって、これら2社はいわゆる親子会社から、グループ会社の位置づけに変わっています。

日本郵便と日本郵政2社にまたがる特殊な部隊として、「DX 戦略部」というグループ全体のDX推進組織があり、各サービスの代理店である郵便局の DXを推進しています。このDX戦略部に対する実行部隊が、我々JPデジタルです。

2021年7月にスタートした当初は、グループの出向メンバー11名体制で、開発ができる人はいませんでした。それから3年半ほどたち、現在は134名の社員の方に在籍していただいています。今年は50 名ほどに入社いただく予定で、来年度はさらに増やします。2026年に300名体制を目指しており、日本郵政グループの中でもこれまでにない伸び率です。



我々は「みらいの郵便局構想」を掲げています。おそらく多くの方のイメージとして、郵便局のサービスは何十年も変わっていないのではないでしょうか。「郵便局」と聞くと、「役所のような書類がたくさんあり、手続きに時間がかかる」「用事があるときは行くが、用事がなければあえて寄ろうとは思わない」場所かもしれません。我々はその中で大きく2つ、「金融サービス」と「郵便局で送ったり受け取ったりする体験」の不便・不満の解消を目指しています。

サービス提供のスタートは、発券機から




JPデジタルは創立後約2年で、さまざまなサービスの提供を始めました。最初は、銀行などでは当たり前になっている発券機で、スマホアプリと連動したものを設置しました。その後、今の「ゆうID」の前身になるグループ共通ID を作り、数カ月後に「郵便局アプリ」をリリース。他に、コンセプト郵便局のオープン、AIを使った生産性の向上などに取り組んでいます。

最近ではポイントプログラム「ゆうゆうポイント」を提供しました。また、体験版ではありますが、自分の住所を七桁の英数字に変換できる「デジタルアドレス」というサービスにもチャレンジしています。これらは郵便局アプリやゆうID に登録後お使いいただけます。直近でリリースしたのがE 転居の機能です。ゆうID にご登録いただき、スマホでより便利に転居・転送の届け出ができます。JPデジタルの設立から、3年半でこのようなプロダクトを出せるようになりました。

文化や意識の変革をしつつ、スクラムの導入からスタート

創業から現在までの進め方を詳しくご紹介していきます。最初はスクラムにチャレンジし、その後でデザインを進め、エンジニアリングの内製化、DevOpsと展開していきました。

郵政グループは、ジェネラリストの集団のような組織です。もともと公共入札制度に従っており、調達仕様書を作成して、入札後に請負で作業をお願いするのがスタンダードでした。つまり、自社開発でプロジェクトを進めた経験がほぼなく、ゼロからのスタート。「内製化する」と言っても、どこから手をつけていいかわからない状況の中、従来とは違うアジャイルで進めていくために、演出も込みで「スクラムモデル」を掲げてスタートしました。



実際始めてみると、「スクラム」つまり「自治的に進めていい」と言われても、各メンバーに「自分で決めるのが怖い」「どこまでやっていいのかわからない」「ここで決めたことは評価に含まれるのか」といった不安や疑問がありました。また、「業務の変更を開発チームで決めてもいいのか」と、変化に対する抵抗感も強くありました。

我々はこのような不安の払しょくや文化の変革に時間をかけ、最初の約2年を費やしました。参加してもらうメンバーの心理的安全性を大切にしたのです。関係部署の役職者にも意義を感じていただき、共感いただけるよう丁寧に説明してきました。また、人事的にも、しっかりと評価される業務であるという約束を取り付けています。



最初はなかなかうまくいきませんでしたが、現在はスクラムの仕組みがかなり定着し、企画から設計、開発、テストに、追加/改修を加えた流れで進んでいます。追加/改修はほぼ1カ月サイクルですが、既存の業務システムとの連携が必要な場合は、品質管理やテストが非常に厳しくなるため、ウォーターフォール型で1年ほどかかる場合もあります。最初は4スクラムからスタートし、現在は13スクラムほど。さまざまな機能を、ほぼ3カ月単位でメジャーアップデートしています。

デザインの優先度を上げ、UXチームを立ち上げ




チームが主体性を持てるよう、次はデザインに力を入れました。文化的に現場が強い会社なので、システム開発ではさまざまな意見が出ます。「声の大きい人」の意見で仕様が決まることもよくありました。あるいは、仕様や設計、標準的な画面は作れても、完成間際までユーザーの使い勝手がわかりませんでした。

我々は、社内にUI/UXのチームを立ち上げるべく、初期からデザイナーを積極的に採用しました。注意したのは、UIデザイナーやウェブデザイナー、アプリデザイナーより、上流の方、つまりUXデザイナーをまず採用することです。

加えて、ワイヤーフレームやモックの作成後、必ずユーザビリティテストを実施して受容性評価をしており、「声の大きい人の意見が採用される」事態を極力防ぐようにしています。また、これまでのように「納品して終わり」ではなく、作り変え、作り続けていくという意識変革をしています。

上流のデザインができる方の採用は、非常に困難です。したがって、チームを作るのも大変苦労しました。



進め方としては、まず他社さんの動向やポイントとなる箇所などを聞き、デスクトップリサーチも加えて、できる限り多くの情報を集めた後、仮説を立てます。次に、コアとなるメンバーの採用に取り掛かります。権威を重視するのではなく、現代の常識を社内に伝えてもらうため、リーダー格でサービスを立ち上げた経験を重視。社内メンバーを育てる意義を感じてくださり、挑戦心の高い方が望ましい。そこに、ポテンシャルの高いメンバーを組み合わせ、チームを立ち上げました。

一方、専門的な知識を持っていても、例えばネット専門のベンチャー企業で働いていた方が郵政グループで開発を進めるのはなかなか難しいでしょう。大手事業会社が持つ文化や進め方に付き合わなければならず、複雑な業務を理解し、情報を得るためにコンタクトすべき人を判断する必要があります。

いずれにしても、入社された方にはご苦労を強いることになります。ただ、社内の文化的な部分なら若手のメンバーが補えます。対して専門の方には、その若手を育てる意識を持っていただくのです。チーム立ち上げ時に、比較的うまくいったやり方です。



デザインの価値を組織に浸透させることも必要です。例えば経営陣に対し、セミナーや勉強会、事例紹介の場を設け、デザインやUX の大事さを伝え続けています。経営陣以外にも、インタビューや生産性向上の調査、満足度調査などを実施して、数値により示しています。

あるいはわかりやすい先行事例も作りました。一般のお客様が頻度高く再配達の際に用いられるご不在連絡票も、我々のデザインチームでデザイン。デジタルサービスを扱うチームではありますが、紙のデザインも扱います。ユーザーが使う様子を録画し、操作感や使いにくい部分を測り、その調査によってデザインを改善しています。

デザインによる効果を見える化するのは大事ですが、「やり方がわからない」と言われることもあります。我々は、デザインの標準的な考え方をまとめたウェブサイトを作り、一般の社員向けにコンテンツ化して発信しています。内製化よりDXの観点かもしれませんが、このような理解者を増やす試みも大切です。

エンジニアリングの内製化と開発体制の構築。デザインチームと同じ手法を

実は、2年間のファーストリリースにおいて、エンジニアリングの内製化は実施していません。エンジニアリングの内製化を進めたのは次のリリースに向けた開発のタイミングでした。問題は、外部パートナー主体の開発が進む中でエンジニアリングチームが何から着手するかでした。



ゆうID やアプリなどは、ほかのプロダクトとの関連性が多く、初めて取り組むには難しい。そこで、比較的独立性が高い「ゆうゆうポイント」というポイントプログラムに取り組みました。

デザインチーム同様、CTO や開発のリーダーをまず採用し、その方々を軸にエンジニアチームを立ち上げました。その結果、半年ほどでゆうゆうポイントのローンチに至っています。ベースとなる組織ができたため、それまで外部に委託していた部分を内製化すべく、 現在は切り替えを進めています。

その際、エンジニアリング独自の開発環境や組織、評価制度などを作らなくてはならないため、エンジニアリングを担う専門の組織として、Good Technology Company 社を設立し、制度や環境を整備しています。

AI やデータ分析の活用、DevOps にセキュリティを加えたDevSecOps も進めており、スクラムの精度も上げていきたいと考えています。そのため、プロダクトをリードできるチームを設立し、全体のポートフォリオやカバレッジを増やすべく、専門性あるメンバーを積極的に採用している最中です。

従来型の事業会社でDX推進と内製化を成功させるポイント




我々が比較的上手くいったのは、まず即戦力としてエキスパートに入っていただいたからだと思っています。それには「入っていただく理由」がなくてはなりません。そのため、「この会社でチャレンジしてみよう」と思っていただけるよう、企業としてのビジョンを明確に示し、我々の目指すものが明確に伝わるようにしました。

当社のような従来型ビジネスの事業会社の場合、専門性の高い方の入社後、既存の組織となじむのは非常に難しいものです。とはいえ、中途半端に挑むと中途半端な結果になるため、やはり尖った人に来ていただくべきだと考えます。既存の組織と混ぜるのは難しいと 捉え、注意深く進めていくのがお勧めです。

他にも、最初からエンジニアリングに取り組まなかったことも、成功のポイントだと考えています。我々が取り組むのはデジタル化ではなく、デジタルトランスフォーメーションなので、組織や文化も変革する必要がありました。正論を言うだけではなかなかついてき てくれないため、順を追って改革していく必要があったのです。

ここまでのお話内容では、順調に内製化開発が、スムーズに進んだように聞こえたかもしれませんが、決してそんなことはありません。内製化やDXに取り組む際は、必ず失敗が起こると考え、それぞれの会社さんの事情や戦略状況によって適宜アプローチを変えていく必要があるでしょう。

今、JPデジタルでは最初の船が出航したところですが、この流れは加速しています。今後も次々と大きな出航を迎える予定なので、一緒にこのチャレンジを進めるクルーの方を募集しております。

ここまでで、私の講演を終わりにいたします。ありがとうございました。