【Product Management Summit】プロダクトはデータと実験で進化する — AI英会話アプリ『スピークバディ』のプロダクト改善
プロダクトの改善施策は、どうすれば「数」と「質」を両立できるのか。AI英会話アプリ「スピークバディ」のグロースチームは、年間16施策・LTV改善率+78%だった実績を、わずか1年で37施策・累積+535%へと飛躍させ、この問いに一つの答えを示した。その裏側にあったのは、特別な発明ではない。プロダクト分析ツール「Mixpanel」を非エンジニアが使いこなす内製の分析体制と、PDCAの「PlanとCheck」に時間を注いで仮説の精度を磨き上げる実験フレームである。
2026年4月28日、ファインディ株式会社が主催するプロダクトマネージャー向けイベント「Product Management Summit」が、JPタワーホール&カンファレンス(東京・丸の内)で開催された。本記事では、Mixpanel 日本事業責任者の松尾 達也氏がホストを務め、株式会社スピークバディ Growth Marketing Division Headの池田 開氏が登壇したセッション「プロダクトはデータと実験で進化する - AI英会話アプリ『スピークバディ』のプロダクト改善」から、データと推論を行き来して「使えるアイデア」を生みスピークバディの手法を紹介する。

■プロフィール
池田 開
株式会社スピークバディ
Growth Marketing Division Head
AI英会話スピークバディのLTV最大化がミッション。AI関連企業で新規事業開発やプロジェクトマネジャー、執行役員CMOを経て、2021年12月に入社。Marketing/Business Division Headを経て現在はGrowth Marketing Divisionを統括する。
松尾 達也
Mixpanel
日本事業責任者
AWS、Pivotalなどでエンタープライズ企業のデータ活用を支援やクラウドネイティブ/アジャイル開発・内製化支援を通じ、大手企業のDXと開発文化変革を推進。シリコンバレー発スタートアップの日本市場立ち上げを経て、現在はMixpanel日本事業責任者としてプロダクト分析を軸に企業の成長戦略と組織構築をリード。
リアルタイムなデータで意思決定を加速するMixpanel
セッションは、ホストを務めるMixpanel 日本事業責任者・松尾 達也氏によるツール紹介から始まった。Mixpanelは、モバイルアプリやウェブなどデジタル接点でのユーザー行動を「誰が・いつ・どんな行動を・なぜ」を可視化するプロダクト分析プラットフォームだ。 最大の特徴は、シンプルなUIであることで、SQLの専門家でなくてもプロダクトマネージャーやマーケターが自らダッシュボードを作り、分析を完結できるセルフサービス型である点にある。

加えて松尾氏は、ノンサンプリングで全ユーザーの行動を捕捉する信頼性、ABテストやセッションリプレイといった定性データと組み合わせて仮説検証までを一つのプラットフォームで行えるため改善スピードが高速化できる点、そしてMCPサーバー経由でClaudeやGeminiと接続し自然言語での分析を可能にするAI対応を挙げた。

では、この基盤を用いて、プロダクト改善を量産しているスピークバディは、どのように成果を出してきたのか。松尾氏は本題へと話を移した。
スピークバディのグロースチームとLTV改善率というKGI
登壇したスピークバディの池田 開氏は、Growth Marketing Divisionという、LTV(顧客生涯価値)の最大化をミッションに掲げるチームを率いる。
スピークバディは、2016年にリリースされた日本発のAI英会話アプリだ。AIを相手に英会話を重ねることで英語力を伸ばすサービスで、累計ダウンロード数は500万を超え、法人導入も300社を上回る(2026年4月現在)。

池田氏が率いるチームの守備範囲は、マーケティングのような「プロダクトの外側」ではない。「プロダクトの中でどんなグロース施策を打つか」に責任を負い、事業成長に貢献することがチームの意義だと池田氏は説明する。

そのKGIに据えているのが「LTV改善率」だ。ABテストの勝ち負けによってLTVをどれだけ改善できたかを、業務の軸に置く。LTV改善率を「LTV」と「改善率」に分解すると、前者はサブスクリプションサービスゆえに課金転換率・継続月数・単価が、後者は施策の数・成功率・成功時のインパクトが、それぞれ追うべきKPIになる。
LTVの計算は煩雑で、ABテストのたびに即座に算出するのは負担が大きい。「そこをMixpanelで完結できる点が非常に効率的」と池田氏は語る。
非エンジニアでも使えるMixpanelで分析を内製化する
池田氏がMixpanelを評価する理由は3つある。1つ目は、非エンジニアでも簡単にダッシュボードを作れること。「事業会社では、ほとんど非エンジニアが日々自分でダッシュボードを作って分析している」という実感があるという。2つ目は、ファネル分析やリテンション分析といった主要な分析フォーマットがデフォルトで揃っている取っ付きやすさだ。

そして池田氏のチームが最も重宝するのが、3つ目のユーザーセグメントをABテスト機能として使う点である。たとえば、LTVには無風、あるいは負けたABテストでも、「このファネルは上がったから方向性は間違っていない。最後のデリバリーだけ改善しよう」と次の一手を描ける。大きな指標が動かなくても、セグメントを切り直すことで施策の芽を拾えるわけだ。
この解像度の高さは、ツールを乗り換える前には得られなかったものだ。池田氏自身はMixpanel導入以前のスピークバディはFirebaseとGoogleアナリティクスで分析していたと振り返る。だがそれでは表面的な分析にとどまり、「なぜこの数字がこうなっているのか」と角度を変えて深掘りしようとしてもカスタマイズが効かない。結局「データ分析はできても、次の一手につなげられなかった」。スピーディーに多くのメンバーが実装できるカスタマイズ性を要件に探した先が、Mixpanelだった。
1年で施策数16→37、LTV改善率は累積+535%へ
冒頭で触れた飛躍の数字を、池田氏はあらためて振り返る。ABテストを回し続けてきたチームだが、最初は試行錯誤の連続だった。2024年は年間16施策、月に1〜2本のペースにとどまり、LTV改善率も+78%だった。

潮目が変わったのは翌年だ。チームメンバーが共通のフレームを使いこなせるようになると、施策数は37本に、LTV改善率は累積で+535%にまで伸びた(数値は各ABテストの改善率を累積で掛け合わせたもの)。
「意識しているのは、スピード=施策の数と、その質の両方を最大化すること。質の悪いものをたくさん打っても仕方がないので、どうチームでフレームを磨き続けるかを考えている」と池田氏。これに松尾氏も、「ツールだけでなく、フレームというプロセスが非常に大事だ」と応じた。この「フレーム」こそ、セッションの核心である。
PDCAサイクルを「PlanとCheck」に寄せた実験フレーム
池田氏が紹介するのは、「特別なことは何もしていない」というPDCAサイクルだ。ただし、その重心の置き方に特徴がある。スピークバディはPlanとCheckに時間をかけ、DoとAction(実際に手を動かす部分)はスピーディーに回す。これによって質とスピードを両立させようという考え方である。

フレームの肝は2つ。PlanとCheckの工程を厚くすること、そして「データ」と「非データ」を交互に行き来することだ。
Planは課題の発掘から始まる。データを見ても、ユーザーボイスを拾っても、自分でアプリを触って「あれ?」と感じた事を課題に設定する。そして次の課題の確定では、「本当にその課題はあるのか」「大きいのか」を必ずデータに紐づけて課題を確定する工程を挟んでいる。。次に「なぜその課題が起きているのか」という原因仮説を立てる段階では、あえてデータを使わず、プランナーが膝を突き合わせて出し切る。
「原因仮説の中には、なんとなくこうではないかというものもあれば、このデータから絶対にここが原因だとわかるものもある。その中で、しっかりデータで語れるものに照準を合わせる」と池田氏は説明する。こうして課題が起きる理由まで見えれば、アイデアにつなげられる。
ポイントは、データと人間の知見を分断しないことだ。「データだけだとファクトは分かるが、そこからアイデアにジャンプアップするには足りない。かといって感覚だけでは当たり外れが大きくなる。できる限り交互に行き来して仮説の精度を上げる」。
データと推論を行き来する仮説づくりと、他社アイデアの取り込み方
では、データと非データの行き来とは具体的に何か。池田氏は「仮説の精度をどれだけ上げられるか」に尽きると言う。仮説は、データ(エビデンス)に推論をかけ合わせて生まれる。

データ側では、まずどんなファクトがあるかを見て、過去に自分たちが打った施策の結果も参照する。推論を立てたら、それを補強できそうなデータをさらに探しに行く。一方の推論側では、過去のナレッジから「英語学習とはこういうものだ」「英語学習者にはこういう人が多い」といったドメイン知識を効かせる。競合の動きも良い材料で、「なぜ競合はこの施策をやっているのか」を紐解く。
そして池田氏がチームに必ず求めるのが、心理効果を織り込むことだ。「『〇〇バイアス』や『〇〇効果』のように、人はこう言われるとこうしてしまう、という心理効果を必ず入れてほしいと言っている」。
仮説をアイデアに変えるとき、スピークバディは「誰もが考えつかない新しいアイデアはそうそう生まれない」と割り切る。むしろ競合や他社のアイデアを「参考にしていく」。ただし、そのまま導入はしない。先の仮説と紐づけ、「使えるアイデア」へと昇華させていく。

池田氏が挙げたのは、カラオケアプリの例だ。歌唱中に「全国〇位、あなたは…」という表示が差し込まれると、テンションが上がって最後まで歌い、2曲目、3曲目を歌いたくなる。「なぜ自分はこれをいいと思ったのか」を分解すると、行動の直後に報酬を与えると人はその行動を続けたくなる「即時強化」という心理作用が効いていた。これを歌唱中の離脱防止に使っているわけだ。スピークバディに置き換えれば、「行動からスコアを見える化」することでレッスン中の途中離脱を防げるのではないか、こうしてアイデアリストの一つが生まれた。
連続学習画面リニューアルの再改善と、AIグロースハッカーへの展望
このフレームが実際にどう機能したのか。池田氏は「連続学習記録」画面の事例を紹介した。連続学習記録画面というのは学習を何日連続で継続できているかを伝える、学習アプリではおなじみの機能で、多くのユーザーがSNSに投稿して達成感を得る重要な施策だ。

きっかけは、デザイナーの「このデザインは古いからリニューアルしたい」という声だった。ところがリニューアル版に変えたところ、リテンションレートとLTVがそろって下がってしまった。そこで実験フレームを使った「再改善」が始まる。結論から言えば、効果音の変更・Hapticの追加・アニメーションの分割によって、最終的にLTVとリテンションレートはともに5%ほど改善した。そこに至るプロセスにこそ、フレームの真価が表れている。
まずデータを見ると、新規ユーザーのリテンションレートはABテストの結果どおり低下していた。だが深掘りすると、既存の課金ユーザーのリテンションレートはむしろ改善しており、SNSへの投稿数も増えていた。

ここから池田氏のチームは推論を立てる。慣れている既存ユーザーと不慣れな新規ユーザーでは、画面を一目見たときの理解度に差があるのではないか。新規ユーザーには認知負荷が悪影響を与えているのではないかと考えた。そして既存ユーザーのリテンションが改善している以上、画面の方向性自体は間違っていない。ただ新規ユーザーにとっては意味が分かりにくくノイズになり、画面が記憶に残らなくなっているという仮説を立てた
ここでも効いたのが他社のアイデアだった。学習アプリの連続記録画面を研究すると、アニメーションを出す順番がまったく違い、Hapticが入っているといった差分が見つかった。

「新規ユーザーの認知負荷を下げ、かつ記憶に残す」という仮説に照らして、使えるアイデアを選ぶ。1画面で一気に見せるのをやめ、アニメーションを分割して順番に出すことで認知負荷を下げる。記憶に残すには音と感覚が重要だとして、効果音とHapticを導入する。結果、LTV改善率とリテンションレートの両方を改善できた。

「連続記録を認識しやすくする施策にフォーカスすると伸びる」と証明できたことで、次の一手も見えた。連続学習達成スタンプや学習記録カレンダーを作り、学習が継続していることを意識してもらうことだ。すでにリリース済みのこの2施策は、それぞれ7%、10%の改善につながったという。
まとめとして、池田氏は「最も重要なのはPlanとCheckにおける仮説の精度とアイディアの質。その精度を上げる方法としてデータと非データの行き来であり、仮説とセットになって初めてアイデアは有効になる」。スピークバディの仕様書・企画書のフォーマットは、ほぼこの考え方で出来上がっているという。
今後の展望の鍵はAIの活用だ。フレームを整えても、プランナーのスキルや時間によって企画・分析の精度にはばらつきが残り、それがリテイクや実験回数の制約を生む。すでにスピークバディではAIが企画書にフィードバックしたり、原因仮説を証明するデータを返したりしているといい、池田氏は「ドキュメント作成を人間がやる必要はどんどんなくなる。さらに自動化を進めれば、AIグロースハッカーのようなものができていくのではないか」と展望する。

Mixpanelに対する期待も大きい。MCPの公開によって、すでにClaudeにMixpanelのデータを引き込んで分析させているという。「セッションリプレイは1ユーザーあたり数分分見ないといけないので、100人分は非現実的だった。それをClaudeが寝ている間に全部見て『ここで落ちている人が多い』と教えてくれたらありがたい」。アプリでは難しかったヒートマップに近い分析も実現すれば面白い、と池田氏は可能性を語った。
データと実験、そして人間の推論とAI。スピークバディの累積+535%は、その往復運動が生んだ成果だと言えるだろう。






