【内製開発Summit 2025】無印良品ネットストアの内製化戦略 〜くりかえし原点、くりかえし未来。〜
2025年2月27日、ファインディ株式会社が主催するイベント「内製開発Summit2025」が開催されました。本カンファレンスは、野村コンファレンスプラザ日本橋(東京)にて実施され、一部のセッションはオンライン配信も行われました。
本記事では、オンラインでも配信されたセッションのうち、株式会社良品計画の高林貴仁さんによるセッション「無印良品ネットストアの内製化戦略 〜くりかえし原点、くりかえし未来。〜」の内容をお届けします。
2021年より第二創業期として、デジタル人材の採用に力を入れていた良品計画。なぜ内製化に取り組むことになったのか?その戦略とは?同社で内製化組織の立ち上げをリードしている高林さんに、良品計画の内製化に向けた取り組みについてお話しいただきました。
■プロフィール
高林 貴仁(たかばやし たかひと)
株式会社良品計画
ITサービス部 コマースサービス エンジニアリングサービス課 課長
ヤフー、リクルート、ピアラで検索エンジン、広告システムの開発、データ分析、AIエンジンなどの開発に従事。また、CTOとしてエンジニア組織の統括。2021年に良品計画入社。産学連携の一環として、大学に無印のデータセットを提供。内製化組織の立ち上げ、ネットストアのアーキテクチャ刷新、SEO,マーケティング,データ活用基盤、良品計画の歴史を振り返るデジタルアーカイブなどの開発推進を行う。
良品計画が目指すものとは
本日は「無印良品ネットストアの内製化戦略 〜くりかえし原点、くりかえし未来。〜」と題して、良品計画の内製化についてお話しします。
最初に自己紹介をさせてください。私はヤフー株式会社や株式会社リクルートにて検索エンジンの開発業務に従事したあと、株式会社ピアラでCTOとして組織マネジメント業務を担当し、2021年に株式会社良品計画に入社しました。現在は〇〇の課長として、ネットストアやMUJI passportなど自社サービスのアーキテクチャの設計、および内製化体制の構築を担当しております。
本日お話しするのは「無印良品ネットストアの内製化戦略」です。本題に入る前に、良品計画という会社についてご説明します。良品計画は「感じ良い暮らしと社会」の実現に貢献することを目標として、2021年の9月から第二創業期がスタートしています。
事業内容としては、無印良品を中心としながら、キャンプ場やホテル、カフェなど、さまざまなサービスを運営しています。グローバルにも展開していて、現在は32の国と地域で1251店舗構えており、2万人以上の従業員が良品計画の中で働いております。そんな良品計画には、二つの夢があります。
一つ目は「生活美学の専門店」です。簡素が豪華に引け目を取ることなく、簡素の中に秘められた知性や感性が誇りに思えるような世界の実現を目指しています。二つ目は「成長に挑戦することで、働く人と関係者が豊かになる経営」です。従業員が大事な人と大事なことをいたわることのできる個人の時間を確保し、働く場所がわくわく感とプライドに満ち溢れたものにすることを目指しています。
また無印良品を展開する上で、お客様から「これは無印っぽい」「これは無印っぽくない」といった言葉をいただくことがあります。そもそも「無印らしさ」とは何か?「シンプル」「丁寧」「素朴」など、さまざまなワードが思い浮かぶと思います。しかし、良品計画では「無印らしさ=空っぽ」だと定義しています。シンプルを超えた「空っぽ=エンプティ」という考え方です。
最初は「空っぽ」という考え方です。「シンプル」とは、西洋の近代主義から生まれてきた、合理性にのっとったものの形の考え方のことです。しかし、日本の伝統の中にある「簡素」は、それとは少し違い、ユーザーが関わることで生じる様々な自由や状況を受け入れてくれます。そんな懐の深さを、私は「空っぽ」=エンプティと呼んでいます。無印良品は基本的にそういう「エンプティ」なものです。例えば脚付マットレスというベッドは、ソファにもなるし、寄せ集めれば床にもなるかもしれない。そういったユーザーの自由自在な使い方を保証してくれる状態を「エンプティ」と呼んでいます。ただし、それを言葉で説明するのではなく、ユーザーが見た瞬間に、感じたり、目覚めてくれるようなビジュアルを考えています。 (引用:原研哉 - Visualize the philosophy of MUJI)
その考えをもとに、オンラインサービスでは「感じよいオンラインの提供」を中期ミッションとして掲げています。具体的には、道具としてのテクノロジーを適切に使いこなしつつ、オンラインの利便性と物流を含めた人同士の接点による温かみや手触り感の実現および提供を目指しています。
素材の選定から始まり、物流、販売、リサイクルまで、全てを一貫して行っている私たちにとって、ネットストアは“ただ商品を買ってもらうEC”ではありません。オンラインだけで完結するのではなく、お客様とお店、お客様と生産者を繋ぐ場である、と考えています。
オンライン(個客)領域の組織について
現在の組織体制(2025年)
良品計画の組織についても説明させてください。前提として、良品計画では、お客様(個客)との接点を持つサブシステム群を「個客システム」と呼んでいます。また2021年の中期経営計画では「情報システム部の組織体制の強化」として、情報システム組織を約80名の体制にすることを目標に掲げていました。現在は約98名のメンバーがいるため、その目標は達成されています。
私が所属しているコマースサービス部には24~25名ほどのメンバーが参画しており、入社して10年以上もしくは3年未満のメンバーで構成されています。10年以上在籍している者は、新卒で良品計画に入社して店舗を経験したことがある店舗出身者です。3年未満の者については、私を含めて第二創業期後に参画した中途入社のメンバーです。
ネットストアやMUJI passport、新規サービス、店舗システムなどは、中途のメンバーを中心に開発しており、そのほかにお客様と伴走することが求められる部分は、SoEとして店舗出身者が担当しています。
2021年当時の組織体制と課題

私が入社した当時はどうだったのかというと、合計4~5名ほどの小さな組織でした。ネットストアやMUJI passportなどは全て同じメンバーが開発しており、それ以外を業務委託のメンバーや協力会社にお任せしている状況でした。
そういった背景もあり、協力会社に依存してしまっていることが大きな課題となっていたのです。具体的にお話しすると、可用性や保守性など非機能要件を判断できるメンバーが不在だったため、コミュニケーションコストが高い上に開発スピードが鈍化している状況でした。その結果、システムが複雑化し、コスト効率がどんどん悪化するという負のスパイラルに陥っていたのです。
事業会社が陥りがちな内製化に伴う課題
内製化に潜む落とし穴
ただ、これは良品計画だけではなく、日本の事業会社が抱えている課題だとも言えます。このような課題を解決するため、最近は内製化に挑戦する会社が増えていますよね。
内製化すれば、コミュニケーションが円滑に進み、開発スピードが向上する。システムをモダン化できるようになり、コスト効率も最適化するでしょう。そして複数のプロジェクトがどんどん立ち上がり、ビジネスが成長していくはずだと。
ただ、実際にそんなに上手くいくのかというと、私個人としては「意外とそうでもないのではないか」というのが本音です。内製化にまつわるものとして、考えなくてはいけないのは二つの課題です。
一つ目は「モチベーション」です。そもそも、既存社員と中途社員では、目的意識が異なります。会社側に視点を移すと、エンジニア人材の目標や評価を設計する必要がありますし、変えていかなくてはいけないものも多くあります。協力会社からすると、予算を削られるのではないかという不安もあるでしょう。
二つ目は「負債になりかねないシステム群」です。システムに関連する業務で一番時間がかかるのは、保守運用の部分ですよね。また人が増えれば社内にナレッジが蓄積していくかというと決してそんなことはなく、適切に管理する仕組みを考えなければ、情報が分散してしまいます。技術の進化スピードが上がっている現代では、モダンなシステムを開発しても、数年で廃れてしまう可能性も否定できません。
採用面で気をつけるべきポイント
そのほか、事業会社は人材を増やしたいがために「フルリモートで開発に集中できる」「新しい技術を積極的に利用できる」といったワードで採用活動をするケースが多いと思います。ただ、こういった開発者視点に偏った採用活動は、あまり上手くいかないように思います。
なぜなら、フルリモートなどの就業規則は変更になる可能性があり、新しい技術を導入する際は事前調査などに時間がかかるからです。売り手市場のエンジニアからすると良い条件の求人は他にもたくさんありますし、入社時の希望が叶わないとなると、あっさりと他社に転職される可能性があります。
そうなると、内製化を進めることで改善できると思っていた課題が、ただただ負債となって既存の課題に積み重なってしまうかもしれません。
システムが積み重なっていく負のスパイラル
また内製化を進める上のシステム的な理想でいうと、新しいものを置き換えた際には既存のシステム(負債)が除却されて、そのサイクルをどんどん回していくことだと思います。ただ実際には、おもりが追加されていくだけ、という状況に陥っているケースの方が多いのではないでしょうか。つまり、システムの式年遷宮が上手くできていない、という課題があると思います。
良品計画の内製化に向けた取り組み
内製化を進める前に良品計画が抱えていた課題
実は良品計画でも、システムの式年遷宮が上手くいっていない時期がありました。そこで2013年に抜本的なシステム改革に取り組み、自社開発はベンダーに依存しない独自の方法で行うことを方針としました。
システム的な構造としては、コアなMDシステムは自社開発して、そのほかの部分は業務ごとに部品化しています。それにより、システム間の結合度を低くして、入れ替えなどのサイクルを回せるようにする、という目的がありました。この考え方は、現在でも大きくは変わっていません。
これらを行った結果、どうなったのかというと、先ほどもお話ししたように2021年の中期経営計画で「情報システム部の組織体制の強化」に取り組むことになりました。
良品計画がなぜ組織体制の強化に乗り出しかというと、リリースまでがゴールになってしまっていたからだと思います。リリースしたは良いもの、継続して運用・開発する体制が整っていなかったため、システムが複雑化してしまっていたと。つまり、私が入社した2021年時点では、式年遷宮が上手くいっていなかったわけです。
そこで私は内製化を進めるために「採用」「体制」「信頼度の向上」といった三つに取り組みました。
内製化に向けて行った取り組み
まず「採用」では、先ほどお話ししたように、開発者視点に偏るのではなく「良品計画の理念に共感し、良品計画で実現したいことがある方」を積極的に採用するようにしました。
特に重視していたのは「中期経営計画を事前に読んで自分事として考えてくれているか?」「良品計画で実現したいことが会社のビジョンとフィットするか?」といった部分です。
採用面接時には志望理由(実現したいこと)が実現するまでに数年かかることを正直に伝えて、入社後にギャップを感じないようにしていました。また良品計画の最終面接は社長が担当するため、そこを突破できるように事前の壁打ちも実施していました。
「体制」については、内製化領域を明確化しました。全てを内製化したいという気持ちもあったのですが、そうすると人手が足りなくなってしまうため、スキルセットをある程度絞りました。その上で、今回お話ししているネットストアでは、内製化領域を限定してフェーズ分けして実施しました。
中にいるメンバーには、インフラ領域から着手していただいて、事業側の成功体験を作る=パフォーマンスを改善するところから取り組んでもらいました。
ここだけ先に結果をお伝えすると、現状ではスクラップアンドビルドができるような状態になっています。新旧が共存して複雑にはなっているのですが、機能ごとにリプレイスできる仕組みができているのがポイントです。このような体制をとることで、新しいことにチャレンジしやすく、何か不具合が発生した場合でもすぐに戻すことができるようにしています。

「信頼度の向上」では、協力会社様と事業部門それぞれに対応しました。前者には「内製化=協力会社様の削減ではない」と伝えた上で、信頼関係を構築するように努めました。
後者には、成功体験が必要だと思ったため、ビジネス的にも成長を実感できるアウトプットをつくることに注力しました。具体的には、無印良品の商品が10%オフになるキャンペーン「無印良品週間」でシステムが落ちないような仕組みづくりに注力して、事業側から信頼してもらえるように取り組んでいます。
また良品計画には求める人財像として「おかげさま・お互い様」という言葉があります。
“「おかげさま・お互い様」、自分は人に支えられているという自覚と感謝の気持ち、謙虚さ、人への思いやり、良心、誠実さ。その結果として自然と生まれる、「社会や人の役に立ちたい」、「社会課題を解決したい」という情熱や志。”(引用:良品計画が求める人財像)
これを体現するべく、既存メンバーが持っている「無印の考え方や業務フローに対する知識」と中途入社メンバーの「エンジニアリングに関する知識と経験」を掛け合わせられるよう、それぞれが活躍できる場を用意することを意識していました。
取り組みの成果と今後の戦略について
取り組みの結果

このような取り組みを経て、私が入社した頃は合計4~5名ほどだったITメンバーが、現在はここまで増えています。ネットストアのリアーキテクチャは段階的に内製社員を中心に実施しています。MUJI passporに関しては、9割以上が内製でリアーキテクチャを進めており、年内には完了予定です。
SoEについては、New Relicなどを活用してお客様の悩み事を調査・解決できるまでに成長しました。またSREのメンバーも増えたことで、セキュリティ強化など、これまで着手できていなかった部分にも取り組めるようになりました。
ちなみに、採用したメンバーで離職者はいまだゼロ人です。これは組織として大きな強みになると言えますし、前述の取り組みの成果なのではないかと自負しております。
これから目指すチーム体制
現状のチーム体制は、システムに強いメンバーが周囲を引っ張っていくようなピラミット型です。しかし、これからは、個性を活かしあう共同体を目指したいと考えています。
というのも、以前は周囲を引っ張っていく強いリーダーがいないと進まない、という状況だったのですが、現在は会社の理念に共感してくださっているメンバーが増えています。今後は、組織を分割して権限を移譲してスピード感をあげていけるような体制に変えていきたいと考えています。
なぜこのような戦略にする必要があったのか?
そもそも、なぜこのような戦略で進めることになったのかというと「全く採用できなかったから」です。私が入社したばかりの頃は、エンジニアを集めて内製化を推進していく方針だったのですが、最終面談である社長面接で、ことごとく不採用になってしまっていました。最終面接の前に壁打ちするようにしたのは、これが理由ですね。
不採用の理由を聞いた時、社長からは「良品計画じゃなくてもいい気がします」と言われてしまいました。それを聞いたときは腑に落ちない部分もありましたが、良品計画の歴史や資料がまとめられているデジタルアーカイブを見る機会をいただけたことが、大きな転機となりました。
会社の歴史を知り、その考え方に強く共感し、私自身の考え方に変化が起きたのです。そこで「ビジョンに則って業務に取り組んでいただける方」を採用するようにしたところ、内定率を大幅に上げることができました。
今後目指していく内製化戦略
これから私たちが目指す内製化戦略についてもお話しします。まず無印良品の原点に立ち返ると「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡略化」というものがあります。地球環境や生産者に配慮した素材を選び、全ての工程において無駄を省き、本当に必要なものを必要なかたちでお客様に提供するという形です。
良品計画では、同じ商品であっても常にアップデートを続けていますし、無駄を省くとともに過剰包装はしないようにしています。「見直し」を昔から続けてきた会社だからこそ、システムにおいても同じような仕組みが求められている。
つまりは、システムはしっかり熟考して選択し、仕組みを見直し続けるとともに、無駄を省いていく体制づくりが重要なのだと思います。それを一言でまとめると「これでいい組織」です。
「で」に含まれる要素は、時代によって変わっていくでしょう。「で」のレベルを磨きあげることで、時代にあった組織体制が実現できるはず。過去から学び、次につなげられるような、共感・成長ができるような体制を目指します。
企業理念を共通言語にして共感できる組織を作る

内製化を進めるためには、会社のビジョンに共感して、自分事化できるメンバーを揃えることが重要だと思います。また、何でも刷新するのではなく、優先度を決めて戦略的に進めていくことも大切です。技術がめざましい進化を遂げている現代において、スピード感を持って事業を戦略的に進めていくためには、スペシャリストの力が必要です。人が多ければ良いというわけではなく、それを実現できる体制を構築することが重要なのだと思います。
また既存メンバーとDX人材が対立しないように、お互いの意見を尊重することも意識しなくてはいけないポイントです。もともと中にいた方だからこそ見える課題があるはずですし、新しいイノベーションを起こすためには、既存メンバーとDX人材が協力しあえる体制を作ることが大切です。
DX人材メンバーは既存の仕組みを理解した上で、社内で信頼してもらえるような実績を積み重ねる、という意識を持っておくことも重要です。良品計画ではまだまだ課題もありますが、少しずつ信頼を積み重ねることで、やりたいことができるようになりつつあります。
そして何より大切なのは「企業理念を共通言語にして共感できる組織を作ること」です。個人的にとても好きな言葉として、良品計画のアートディレクターである田中一光さんの「視点をちょっとずらすと思いがけないところにメリットの発見があって、そこが新しい切り口になる」というものがあります。こういうような言葉があると、一つひとつ共感ができるようになる。
各企業ごとにきっと良さがあるはずですし、その部分に共感できるメンバーを集めると、良いところをより伸ばしていけると思います。「DX」とか「内製化でどんどん新しいことやっていこう」とか、そういった心掛けも重要かもしれませんが、それよりも「自分たちにとって本当に大切なものは何か?」を追求することで、企業の良さに気がつけるのではないかと思います。
私の好きな言葉に「無印良品とは、1周遅れと同位置のトップランナーのようなもの。」というものもあります。何周遅れか知らないけれど、トップと同位置であればどこか遠い気もしますが、その立ち位置こそが無印良品の原点なのだなと。ずっと素材を見直してきたからこそ、ブレずにトップを走り続けられていて、そこに共感する人たちが集まっているのだと思います。
本日は、お時間をいただきありがとうございました。
