【Databricksで実践するAI Agent開発】米国7-Elevenが構築したマルチAIエージェントアシスタント
はじめに
この記事では、米国7‑ElevenがDatabricksを活用して開発したマルチエージェント型のマーケティングアシスタントについて解説します。特に、LangGraphやMosaic AIを用いた複数エージェントの設計、モデル選定や評価方法について、7‑Elevenの実践を解説します。日本でもおなじみの7‑Elevenですが、今回は米国法人の取り組みを中心にご紹介します。
米国7‑Elevenのマーケティング部門では、各種キャンペーンや商品プロモーションを企画・実行しており、キャンペーンごとにストーリー性のある訴求やコンテンツ制作、コピーライティングが求められます。7‑Elevenにとって、この一連の業務をスピーディかつ高品質に実施することが競争力に直結します。それに対して、効率と品質を両立させる仕組みが不可欠です。
7-Elevenが直面している課題及びアプローチ
現状課題
マーケティング業務において、キャンペーンごとに異なるストーリー性を持たせるアイデアやキャッチコピーを素早く高品質に作成する必要があります。加えて、制作したコピーがブランドのトーンや方針と一致しているかを判断するのは、属人的で時間のかかる作業でした。
また、画像に対して付与するテキストや文脈が適切かを確認するプロセスにも多くの時間がかかっており、チームの生産性を圧迫していました。さらに、社内からの質問や調査依頼に対しても迅速に応答する必要があり、多機能な支援ツールが求められていたのです。
7-Elevenのアプローチ
こうした背景を踏まえ、7-Elevenはマーケティングの現場で発生する多様な業務を横断的にサポートできるAIアシスタントの構築に着手しました。目指したのは、単なるRAG(Retrieval-Augmented Generation)ベースのチャットボットではなく、タスクの種類や文脈に応じて“役割”を切り替えられる、柔軟性と拡張性を備えたマルチエージェント型の支援ツールです。
このアシスタントは、汎用的なAIサービスを流用するのではなく、7-Elevenのマーケティングチームの具体的なニーズや業務に基づいて設計されています。開発段階から実際の利用者の要望をヒアリングしていました。そして、マーケティングチームにとって自然なユーザー体験を実現するため、プロンプトの構成や出力のスタイルにも丁寧な調整が行われました。また、ブランドとの整合性やコンプライアンスの観点からも安心して運用できるよう、ガードレールの設計と検証プロセスも実装されました。
具体的な機能としては、まずキャンペーン概要に基づいて、ユニークなキャンペーン企画を自動生成する機能があります。そこから続くコピーライティングも一貫してAIが対応できるため、構想から実行までの時間を大幅に短縮できます。さらに、過去のキャンペーン履歴やブランドポリシーなどの社内情報を活用し、マーケターからの質問に対して適切に回答する対応も可能です。これにより、アシスタントは単なる生成ツールではなく、日々の業務を支える実用的なパートナーとして機能するよう設計されています。
マーケティング支援アシスタント仕組み解説
このアシスタントは主に3つの役割に分かれており、それぞれ「キャンペーン企画作成」「コピーライター」「汎用アシスタント」として機能します。キャンペーン企画作成エージェントは、キャンペーンブリーフに基づき、ターゲットやテーマに即したアイデアを生成します。コピーライターエージェントは、そのアイデアを展開し、実際の広告文や、アプリ通知などマーケティング用テキストを制作します。さらに、汎用アシスタントは、一般的なアドホックな質問に対応したり、情報を提供したりする役割を果たします。
初期エージェント設計フロー
初期の設計では、スーパーバイザーが入力文言とエージェントをマッピングするルールベースに近い仕組みで質問に応じてエージェントを選択し、回答して終了するというシンプルな構成が採用されました。例えば、キャンペーンの概要が入力されると、キャンペーン企画作成エージェントが稼働し、コピーライターに関する指示が入力されると、コピーライターエージェントが稼働し、アドホックな質問が入力されると、汎用アシスタントが稼働し、最後にレビューや補足タスクを行うという流れです。この設計はシンプルかつ安定していましたが、スムーズに後続処理へ繋いでいくことが難しく、複雑なニーズには対応しきれない課題がありました。
改良されたマルチエージェント設計フロー
そこで、ユーザーの入力に応じてスーパーバイザーがまずステップをプランニングし、そして動的に実行するエージェントを切り替えるマルチエージェントの構造へ変更しました。現在のシステムでは、ユーザーの質問をガードレールでチェックした上で、スーパーバイサーが解釈して、「どのエージェントに処理を任せるべきか」を判断し、必要に応じて複数のエージェントを同時または段階的に呼び出す設計となっています。また、Web検索エージェント、メール送付、Genieなどのツールも加えました。これにより、複数のエージェントが一つのアシスタント内で滑らかに切り替わる、自然な会話体験が実現されています。更に、Human in the loopの仕組みを各プロセスに追加することによって、エージェントによるミスをコントロールすることが実現できました。
マルチエージェントによるキャンペーン企画自動化の一例
例えば、マーケターが「サマー限定お得キャンペーン」のキャンペーン概要をアップロードすると、まずガバナンスチェックが自動で実施されます。内容に問題がなければスーパーバイザーのプランニングを経て、次の段階へ進みます。
次に、社内のWeb検索エージェントが立ち上がり、18〜45歳のユーザー層における好みやSNSトレンドをリサーチします。得られたアウトプットを受けて、スーパーバイザーが企画設計ステップに移ります。
この後、キャンペーン企画エージェントが「コンセプト案」を複数生成し、スーパーバイザー経由でコピーライターエージェントに引き継ぎます。媒体ごとにターゲット、トーンに応じたキャンペーンの文言が自動生成されるという流れです。
最後に、汎用アシスタントエージェントがキャンペーン全体を要約して、スーパーバイザーがレビューした上で、完成したキャンペーンパッケージはメール等でユーザーに送付されます。
マルチエージェントを支えるLangGraph
これらの一連の制御はすべてLangGraphによって支えられています。
LangGraphではまず、複数のツールやエージェントをノードとして定義し、グラフ構造の中で繋げて、処理フローを柔軟に制御できる仕組みを持っています。例えば、あるノードの中間出力が「マーケット調査結果」であり、それが特定の条件を満たせば Web検索ノードに遷移し、そうでなければ別のエージェントにルーティングする、といった制御が可能です。
また、LangGraphにはShort-Term MemoryとLong-Term Memoryの仕組みがあり、中間ノードの出力や利用者の好み、会話履歴などをセッション内外で保存して、以降のステップで参照・活用できます。これによって、タスクの流れで必要となるコンテキストを保持して、より自然で一貫性のある応答を提供し、ユーザー体験が向上します。
加えて、LangGraphはHuman-in-the-loop仕組みを設計可能であり、グラフ内の特定のノードで人によるレビューや承認のプロセスを挟むことができます。例えば、Web 検索で取得された情報に不適切な内容が含まれているかを人間が確認してからエージェントに渡す、といった設計が可能です。
更に、LangGraphはエージェント間のハンドオフをサポートしています。あるエージェントノードが処理中に別のエージェントへ制御を移す設計ができます。その際、必要なグラフの状態(state)を引き継いで次に続けることが可能です。これにより、初期のような直線的なフローではなく、状況に応じて分岐・合流がある、複数のエージェントが協調する複雑なフローを構築できます。
このようにして、7-Elevenのマーケティング支援アシスタントは、単一のモデルで全てを処理するのではなく、役割に応じて最適なエージェントに仕事を任せるというマルチエージェント戦略によって、業務に即した柔軟かつ高精度な支援を実現しています。
Databricks & Mosaic AI
このシステムの中核にはDatabricksのプラットフォームがあり、LangGraphでのマルチエージェントの実装やMosaic AIによるエージェントのEnd-to-Endの管理もすべてDatabricks上で実行されています。Databricksの環境は、モデルとデータを統一的に管理できるため、再現性や保守性の高い開発が可能です。特に、Mosaic AIが提供する評価手法を用いることで、プロンプトやモデルの選定を業務に即した基準で比較し、最適化するプロセスが構築されています。
さらに、開発および運用段階における品質管理も取り込まれています。まず、MLflowを活用して各エージェントの推論プロセスや出力内容を詳細にロギングし、トラブルシューティングやデバッグを可能にしています。たとえば、出力されたテキストが意図に沿わなかった場合、そのプロンプトと応答履歴をMLflow上で追跡・再現し、改善に役立てる仕組みが整っています。
また、アシスタントの本番リリース前には、Databricks Agent Evaluationに組み込まれたAIジャッジーを用いて、根拠性・関連性・安全性などの指標に基づき評価を行いました。更に、Databricks Appsを活用してマーケター向けの簡易評価アプリを構築し、実際の業務シナリオに沿った事前評価をマーケターに実施してもらいました。これにより、意図しない応答や精度のばらつきがあらかじめ検出され、ユーザー体験の質が担保されています。
さらに、運用フェーズにおいてもモニタリング体制が構築されており、生成結果の内容やリクエストの傾向、応答品質などを継続的に観測・分析しています。このモニタリングによって、問題が発生した場合の早期検知や、利用状況に応じた改善のヒントを得ることができ、アシスタントの継続的な進化につながっています。
最後に
今回のマーケティングアシスタント導入は、7-Elevenのマーケティング部門にとって業務の質と効率を大きく変える重要な取り組みとなりました。特に、LangGraphとMosaic AIを活用したマルチエージェント設計は、単なる自動化を超え、ユーザーごとに最適なサポートを実現する“対話型の知的パートナー”としての可能性を提示しました。AIと人間の協働によって業務がどう変わるか。その一例として、米国7-Elevenの取り組みの紹介でした。
◆執筆:データブリックス・ジャパン株式会社・エンタープライズソリューション一部・晏榕梓