KINTOテクノロジーズ・イオンネクストの事例から学ぶ、Outcomeを意識した経営と開発組織の関係性【イベントレポート】
2024年7月25日、ファインディ株式会社の本社オフィスにて「KINTOテクノロジーズ・イオンネクストの事例から学ぶOutcomeを意識した経営層と開発組織の関係」と題した特別招待制のイベントが開催されました。
Findy Toolsは技術選定を支援するための開発ツールのレビューサイトとして、技術選定者や開発組織の課題解決につながるイベントを開催しています。今回は世界で最も採用されている高速でスケーラブルなマルチクラウド対応APIマネジメントプラットフォーム「Kong」社よりスポンサーをいただきました。
イベント開催にご興味ある開発ツール担当者の方はこちらよりお問い合わせください。
本記事では、KINTOテクノロジーズ株式会社の取締役副社長である景山均氏、イオンネクスト株式会社の技術責任者・CTOである樽石将人氏を招き、開発組織としてのOutcomeのあり方や経営層・ビジネスサイドと開発組織のより良い関係性を構築するヒントを伺ったセッションの内容をお届けします。
【登壇者紹介】
◆KINTOテクノロジーズ株式会社 取締役副社長 景山 均
楽天グループ株式会社にて、楽天グループのデータセンター、ネットワーク・サーバーなどのインフラや、IDサービス・スーパーポイントサービス、メールサービス・マーケティングDWH・ネットスーパー・電子マネー・物流システムなどの開発を統括。
その後、株式会社ニトリのIT・物流システム領域責任者を経て、2019年6月にトヨタファイナンシャルサービスに入社。
デジタルIT部隊の立ち上げをゼロから実施。
◆イオンネクスト株式会社 技術責任者CTO 樽石 将人
レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンを経てグーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。
その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。同社の上場の牽引後、22年1月に退職。22年3月より現職。
利益を追う必要のない大企業の「内製開発部隊」
山田:はじめに、両社の事業や開発組織の成り立ちについてお伺いしたいです。まずはKINTOテクノロジーズ株式会社の景山さんからお願いできますか。
景山:私は、2019年6月に社内で一人目のIT人材として入社しました。同年の3月には新車サブスクリプションサービス「KINTO」のサービス自体は開始していたのですが、当時はまだIT人材が一人もおらず、ビジネスサイドがベンダーと協力して開発を進めていた状況でした。
それもあって立ち上げ初日にクレジットカード決済ができないなどてんやわんやの状態の最中にジョインしています。
改めて当社は、トヨタファイナンシャルサービスグループの「内製開発部隊」という位置付けになります。開発費はすべて親会社が負担するため、短期的な利益を追う必要がありません。
社員は基本的にエンジニアとクリエイティブ、ディレクター、QA人材などで構成されています。営業は一人もいません。事業側がやりたいことを早く、安く、成功するようにサポートすることが私たちの役割になります。
またKINTOテクノロジーズはトヨタファイナンシャルサービス株式会社からの100%出資の会社であり、潤沢な資金を利用して長期的なビジネスに取り組むことが可能です。
具体的なサービスとしては、トヨタのキャッシュレス決済アプリ「TOYOTA Wallet」の開発支援やMaaSアプリの「my route」、Woven Cityの決済プラットフォームなど多岐にわたる開発を行っています。
国内だけでなく海外でも横展開できるアプリケーション開発に取り組んでいます。そのため国際色豊かな組織構成も特徴的で、エンジニア350名のうち25%程度が外国籍になります。
日本の車の売り方は何十年も変化していませんが、中国ではECで車を販売をしている。これまでとは違うビジネス展開を支える仕組みをつくるためにも、私たち内製開発部隊が存在しています。
無店舗型のネットスーパー「Green Beans」
山田:では次に、イオンネクスト株式会社の樽石さんお願いいたします。
樽石:私は、2022年3月にCTOとしてジョインしました。イオングループ全体の取り組みを踏まえたうえで、技術的な視点からイオンネクストの事業を推進しています。
元々はエンジニアとしてGoogleやRed Hatなどの外資系企業に勤めた後に、 スタートアップのCTOとしてIPOをしたり、自社の代表も務めたりもしています。
それではまず、イオンネクストについて簡単に紹介させていただきます。イオンネクストは、イオングループのデジタルシフト戦略を担う大企業内スタートアップ事業会社として2019年12月に設立されました。デジタルファーストな新規事業の創出を目指して、主に食品EC事業を開発・運営しています。
具体的には、イオンの新しいネット専用スーパーとして「Green Beans(グリーンビーンズ)」というプロダクトを開発しています。
通常のネットスーパーは、リアル店舗から商品を直接お届けする構造です。しかし、私たちのネット専用スーパーにはリアル店舗がありません。
その代わり、東京ドーム1〜2個分に相当する大規模な自動倉庫を設置しています。ここでは、最大1,000台のロボットが商品のピックアップを行います。AIと人間が協業して商品をトラックに積み込み、自社のデリバリークルーが直接お客様のご自宅まで商品をお届けします。
現在、東京23区の半分程度と千葉、川崎周辺をカバーしており、2030年までに4,000億円の売上高を目標としています。
山田:アプリから倉庫まで多岐にわたる開発を行っていますが、イオンネクストとしてはどこまでが開発責任の範囲になるのでしょうか。
樽石:私の責任範囲としては、「デジタルシステムのすべて」です。たとえば、倉庫やロボットの開発・運営部隊は存在しますが、ソフトウェアの統合制御やその存在するリアルなハードウェアをIoTのように統合して、全体をつなげるための開発を行っています。
山田:組織構成についてはいかがですか。
樽石:デジタルシステムの開発部署には、約30名ほどの社員がいます。実際にコードを書くエンジニアが10名ほど、副業やフリーランスのエンジニアの方が20名ほどの構成で開発をしています。
事業サイドが思いつかない発想
山田:それではお二人から会社紹介をいただいたところで、パネルディスカッションに移りたいと思います。一つ目のテーマは「経営層から見た開発組織への期待」についてです。はじめに景山さんからお聞きできますでしょうか。
景山:経営層は、「ビジネスサイドの事業部が思いつかない、エンジニア視点での改善策の提案」を期待されているように感じます。
最近の例としては、上流工程のエンジニアが事業部に出向することがあります。社長の言葉を借りると、実際ビジネスサイドの社員では考えつかない視点で、事業改善策の提案があるようです。
ビジネスサイドの社員はテクノロジーの知見が不足しているため、潜在的な改善の余地を見逃してしまうことがある。その点で、エンジニアが事業改善に貢献できることは大きい。これが大きな事業会社の中の内製組織に対する期待の一つでもあります。
また、事業計画とテクノロジーの実現可能性の乖離という視点もあります。優れたビジネスプランを考えることができても、それを実現するには多額の費用や長い開発期間が必要になる。
そうした乖離を埋めるためにも、事業ビジネスサイドとエンジニアの連携が非常に重要です。ビジネスプランを立てる際に、実現のためにどれくらいのコストや期間がかかるかをエンジニアとともに判断しながら進めることがビジネス成功のカギとなります。
デジタルと経営の融合が社会を変える
山田:樽石さんにもお聞きします。いきなりCTOとして大きなプロジェクトを任されたわけですが、経営陣からはどのような期待値があったのでしょうか。
樽石:イオンネクストの場合は、まずサービスをローンチすることが最優先でした。2023年上期というスケジュールがあったので、それに間に合わせることが重要でした。
通常、小売業の場合は店舗があるので、何かあっても最悪の場合、手書き伝票や電話、FAXで発注するなどして事業を立ち上げることができます。しかし、Green Beansの場合は店舗がありません。発注や販売を行うには、デジタルデータが必須です。
手書き伝票や店舗のような逃げ道が全くなく、退路が完全に絶たれた状態で、とにかくネット上にお店を作らなければなりませんでした。それをやるにはデジタルと経営の融合が必要でした。
そのため、イオンネクストは本当にスタートアップ企業のように、アジャイルな経営スタイルを採用しています。私たちが目指す「お客様の買い物体験を大きく変える」ことを実現するためにも、この行動変容をどのように作っていくかが一つの大きなチャレンジになります。
Green Beansは、従来の店舗型スーパーマーケットの概念を覆し、完全にオンライン上で運営される新しい形態の食品販売サービスです。しかし、この新しい買い物スタイルを消費者に受け入れてもらうためには、テクノロジーだけでなく、経営戦略を含めた総合的なアプローチが必要となる。
そのため開発組織だけでなく、事業部門や経営陣も一丸となって「どのようにしてお客様の買い物体験を変え、毎日の生活をより便利にするか」という課題に一体となって挑戦できている感覚があります。
エンジニア採用を加速する「情報発信戦略」とは
山田:景山さんにお伺いしたいのですが、組織拡大が非常に早く進んでいますが、採用において、どのようなことを意識されているのでしょうか。
景山:トヨタグループの各社も積極的にエンジニア採用を行っていますが、なかなか人材を確保できていません。一方、当社が採用に成功しているのは、従来の安定性を重視する変化の少ない「モード1」組織ではなく、開発・改善のスピードや柔軟性を重視する「モード2」型の組織であるためです。
従来型の組織では、最新の技術やアーキテクチャを求めるエンジニアが馴染みにくい環境がありました。上司にとっても、モダンな技術に精通したエンジニアの評価は難しい。
一方、現代の開発環境では、テクノロジーが前提となり、その応用力が重要になってきています。テクノロジーの技術だけではなく、そのユースケースをしっかり理解したうえで応用できる能力が必要です。
それを鍛えるためにも、「ビジネス理解」を重視しています。 PoCを通じて新技術を評価し、エンジニアの自主性を尊重する雰囲気作りに力を入れています。
この結果、AIなどの新技術に自発的に取り組む社員が増加し、テックブログの執筆など、社員の自主的な活動が活発化しています。こうした取り組みが採用の強みにつながっており、「エンジニアが、個々人の得意分野や、興味関心を活かし、裁量権を持って事業をグロースさせることが出来る」雰囲気を作ることが私の仕事だと考えています。
山田:樽石さんは、組織が拡大していく段階で、どのような開発組織を作っていきたいと考えていますか。
樽石:当社は、2年前には「イオンネクスト準備株式会社」という名称で、まだ試行錯誤の段階にありました。外部への情報発信も控えめでしたが、昨年7月にGreen Beansをサービスとして立ち上げたことを契機に、徐々に情報を発信し始めました。
イオングループ全体でも同様の動きがあり、今年初めには「AEON TECH HUB」というエンジニア向け情報メディアサイトを立ち上げました。
イオンは伝統的な企業というイメージが強く、IT業界とは無縁と思われがちでした。しかし、実際にはIT人材の採用に力を入れており、最新技術を活用した事業展開を行っています。この認識のギャップを逆手に取り、イオンの新しい側面をアピールする戦略を展開しています。
イオンは知名度が高い一方で、IT企業としての認知度が低いです。そこで、IT人材が活躍できる環境が豊富にあることや、ロボティクスやAIなど最先端のテクノロジーを駆使し、「日本では誰も挑戦していない」壮大なシステム開発に取り組んでいることを積極的に発信し始めました。その結果、ようやく認知度が向上し、応募が大幅に増加している段階です。
経営層とのコミュニケーションの秘訣
山田:最後に経営層とのコミュニケーションのポイントについてお聞きしたいです。たとえば経営会議で事業計画や技術戦略などどのように対話を進めているのでしょうか。
景山:開発予算については、事業部長ではなく、社長と直接協議して決定しています。
私たちが手掛けるのは新たなビジネスモデルです。従来の固定的な計画立案ではなく、事業環境の変化に柔軟に対応できるようなアプローチが必要となります。
また、テクノロジー側からの新しいアイデアを積極的に取り入れることも重視しています。これにより、事業部だけでは気づかない革新的な提案を実現できるようになります。
トヨタグループは自動車メーカーですので、「期初に作るものを全部決めて、途中で変更がなかなか認められない」という文化があります。しかし、私たちは従来の製造業型の開発手法とは違い、小規模なプロダクトを素早くリリースし、継続的に改善するプロセスを採用しています。
個別のプロジェクトごとのROIは重視せず、ビジネス計画全体の中でシステム開発予算を考えています。私たちが開発するのは単なるシステムではなく、ビジネスそのものだからです。
このような新しいアプローチは、従来型の予算管理を行ってきた間接部門には理解が難しい場合があります。たとえば、開発パートナーの選定や単価の決定において、軋轢が生まれることがある。
これらの新しいアプローチを実現するには、社長との密接なコミュニケーションと信頼関係が不可欠です。社長の理解と支援を得ることで、組織全体の意識改革や制度変更を推進しています。我々の成果を最大化できる環境を整えるために、経営層との協力関係を重視しています。
山田:ありがとうございます。樽石さんはいかがでしょうか。
樽石:当社の場合、来年の予算決めで大きな額になりやすいのが、倉庫などのハードウェアです。一方、ハードウェアに比べると、ソフトウェア開発の投資額は相対的に小さい。
全体のROIから見れば、ソフトウェア開発費の増加は大きな影響を与えないため、自由度高く意思決定と挑戦をしています。人件費やクラウド費用、オープンソースの活用などを考慮しても、ハードウェア投資に比べればソフトウェア開発費は少額であり、多様なチャレンジをできる環境が用意されていると感じます。
山田:ありがとうございます。今日は、トヨタグループとイオンという、元来ITを主軸としない企業が、リアルビジネスの強みを活かしながら、ITテクノロジーとの融合を進めていることを改めて実感しました。両社の経営と開発組織の関係性から、みなさんがビジネスとテクノロジーの結びつきをより意識するきっかけになれば幸いです。
◼︎Kongとは?
Kongは、世界で最も採用されている高速でスケーラブルなマルチクラウド対応APIマネジメントプラットフォームです。Amazon Web Services、Microsoft Azure、Google Cloud Platformなどあらゆるクラウドサービス上で動作するだけでなく、オンプレミス環境でも広く利用されており、更にそれらを組み合わせたハイブリッドクラウドアーキテクチャの構築も容易にします。
グローバルでは、業界リーダー800社以上の導入実績があり、日本においても既に、 Yahoo! JAPAN 等を運営する LINEヤフー株式会社や株式会社NTTデータ、株式会社インターネットイニシアティブをはじめとする日本を代表する企業が Kong を活用しており、デジタル庁からも推奨APIゲートウェイに認定されています。
Kongは標準でプロキシ、ルーティング、ロードバランシングや、ヘルスチェック、認証認可、流量制限とリクエスト/レスポンス編集など、様々な機能を提供しており、外部へのAPI公開を行う際に役立つのはもちろんのこと、Kubernetesにもネイティブに対応しており、マイクロサービスオーケストレーションの中核的なレイヤーとして利用することも可能です。
Kongは高いパフォーマンスと1,000以上のプラグインによる拡張機構を備えているだけではありません。エンタープライズ版は、拡張されたセキュリティ機能、24/7サポート、および高度なプロキシ機能を含む29以上のエンタープライズ版専用プラグインを提供します。関連プロジェクト全体でGitHubスター数5万以上と、開発者からの圧倒的な支持を受けており、世界で最も人気のあるAPIマネジメントプラットフォームです。 基本的なAPI管理機能を利用される場合、GitHub上でオープンソースプロジェクトとして開発されているOSS版もご活用ください。
Kongに関するFindy Toolsの紹介・レビューはこちら
https://findy-tools.io/products/kong/334