【内製開発Summit 2026】JR東日本とソニーが語る、顧客価値提供のスピードを高める内製開発への挑戦
2026年2月25日、ファインディ株式会社が主催するイベント「内製開発Summit 2026」が、浜松町コンベンションホールにて開催されました。
本記事では、東日本旅客鉄道株式会社 執行役員 イノベーション戦略本部統括の西村 佳久さん、ソニー株式会社 技術センター 商品設計第4部門 プラットフォーム3部 担当部長の小野原 隆志さん、ファインディ株式会社 CTOの佐藤 将高さんによるセッション「JR東日本とソニーが語る、顧客価値提供のスピードを高める内製開発への挑戦」の内容をお届けします。
セッションでは、佐藤さんがモデレーターを務め、JR東日本の西村さんとソニーの小野原さんが、それぞれの内製開発組織の構築経緯と運営の実態を紹介しました。JR東日本アプリのアジャイル開発やSuicaアプリの立ち上げ、ソニーのデータドリブン開発とチーム・アーキテクチャの設計、さらにAI活用の展望まで、大企業ならではの内製開発の課題と工夫が語られました。
■プロフィール
西村 佳久
東日本旅客鉄道株式会社
執行役員 イノベーション戦略本部統括
1990年JR東日本に入社。主に鉄道信号通信関係の企画・保守・工事業務に従事。2013年システム企画部次長、2017年電気ネットワーク部次長、2020年新幹線電気ネットワーク部長を歴任し、2022年6月より執行役員イノベーション戦略本部統括に就任。社内外の技術を活用したデジタルビジネスの推進、基幹系システムの整備運用、R&D施策の推進、デジタル人材育成などJR東日本のDX戦略を統括している。
小野原 隆志
ソニー株式会社
技術センター 商品設計第4部門 プラットフォーム3部 担当部長
2002年ソニー株式会社入社。車載オーディオのソフトウェア設計に従事し、Bluetoothを用いた携帯電話連携の開発リーダーを務める。その後、オーディオ機器と連携するモバイルアプリ開発のプロジェクトリーダーを担当。現在は、テレビ・オーディオ・カメラといったコンシューマー機器と連携するモバイルアプリ開発のマネージャーを務める。
佐藤 将高
ファインディ株式会社
CTO
東京大学 情報理工学系研究科 創造情報学専攻卒業後、グリーに入社し、フルスタックエンジニアとして勤務する。2016年、ファインディ創業と同時にCTOに就任し、初期のプロダクト開発をリード。あわせて、ゼロから技術・開発組織の立ち上げを担った。大学院では稲葉真理研究室に所属し、過去10年分の学術論文を対象に、自然言語処理やデータマイニングを用いて論文間の類似度を解析する研究に取り組む。
JR東日本の内製開発への挑戦
内製開発組織 ─ サービス特化型と課題解決型の2軸
──まず自己紹介を兼ねて、内製開発組織がどのようになっているかをお話しいただけますか。
西村:JR東日本の内製開発組織は大きく分けて2種類あります。一つはサービスに特化した内製開発の組織で、JR東日本アプリに特化した組織や、今後作ろうと計画しているSuicaアプリの組織などがあります。トータルで約80名の体制です。

もう一つがDigital & Dataイノベーションセンター(DICe)という約50名の組織で、2023年10月に発足しました。こちらは最初から明確なミッションがあるわけではなく、社内やお客様の課題を見つけるところから動いて、課題を見つけたらプロダクトオーナーがトップになって解決していくという組織です。たとえば「どこトレダイヤル」という列車の運行状況を電話で確認できる生成AIを用いた自動音声アシスタントサービスや、インバウンドのお客様向けの旅行計画アシストアプリ「JR EAST Travel Concierge」などを内製で作っています。

DICeの設立趣旨は「素早い開発・実装・改善」と「データ・AIのリード」です。アジャイル開発を行う内製化組織に加えて、データのカタログ化やAPI連携、生成AIの活用とガバナンスもこの組織がリードしています。もう一つ重要なのがデジタル人材育成のフィールド機能で、スクラムマスターはプロダクトデベロッパーの経験があることが望ましいと考えていますので、ここでデベロッパーの仕事を経験してから、特化型のアジャイル開発チームにスクラムマスターとして送り出すという人材育成の仕組みも持たせています。
JR東日本アプリからSuicaアプリへ ─ プロダクト開発の実践
西村:JR東日本アプリは2014年にリリースしましたが、当初は「使いにくい」「動作が重い」「スピーディーな開発ができない」という課題がありました。2019年に全面リニューアルし、その後アジャイル開発手法を導入してユーザーの声を反映した改善を重ねた結果、現在1,400万ダウンロードを達成しています。

内製開発導入前はウォーターフォール型で、リリースは年に2~3回。フィードバックも迅速に反映できず、ビジネス部門主導でリリースされていたためユーザーの声が届きにくいという課題がありました。内製開発を導入してからは、年間80〜100回、つまり週1〜2回のリリースを実現しています。
大事なのは、ユーザーの声だけでなくビジネスサイドの声も入れて、両方の価値の最大化を目指しているところです。体制としてはProduct Manager、Designer、Developerの3つのロールを配置し、内製化アジャイルチームを構築しています。ストア評価は当初2点台、下手すると1点台だったものが、今は4点台まで上がっています。

西村:Suicaアプリはこれから作るということで、まさに開発チームを立ち上げているところです。Suicaは今までの移動のデバイスだけではなく、今後「生活のデバイス」となることを目指しています。このアプリ一つでSuicaの利用、JRE POINT、サブスク、将来的には鉄道クーポンなども利用できるようにしていく予定で、使いやすいアプリにするために内製化でアジャイルで作ろうと考えています。

こうした内製化でアジャイルに作るためには、どうしてもシステムをいじらなくてはいけません。当社グループでは約3,000弱のシステムを持っていますが、非常にスパゲッティ状になっています。一つをいじるといろいろなところに波及してしまうため、並行してシステムのモダナイゼーションも進めています。具体的にはAPI標準を作り、共通APIゲートウェイを構築することで、アプリ部分はAPIさえ守っていればアジャイルで開発できるようにするという思想です。

ソニーのデータドリブン開発
ビジネス貢献の考え方
──続いてソニー、小野原さんお願いいたします。
小野原:ソニー株式会社の小野原です。カメラ、テレビ、オーディオ、スマートフォンといった商品を扱う中で、私はクラウド・アプリの開発部門として、全ての事業領域向けのクラウドサービスとアプリケーションの開発を行っています。

モバイルアプリケーション開発でどのようにビジネス貢献しているかという考え方をご紹介します。上にあるのはロイヤルカスタマーのカスタマージャーニーです。たとえばお客様が初めてソニーのヘッドホンを購入して、まだこの時点ではアプリの存在に気づいていないのですが、アプリの動線があってダウンロードしていただきます。その後、ヘッドホンのノイズキャンセリングの設定変更やシーンに応じたプレイリスト切り替えなど、我々のサービスにハマっていただく。「ソニーっていいな」と思っていただいて、次もソニーの商品を購入していただくことが我々のビジネス貢献です。

そのために何を大事にしているかというと、下にあるロジックモデルという、ある施策がそれを達成するまでの流れを書いたものがあります。まず人がいて開発をして、機能を作ったりアプリをリリースしたりというアウトプットがあります。その結果、お客様の要望や課題を解決したかという成果がアウトカムです。我々はこのアウトカムを出していくことこそがビジネス貢献だと考えています。
ただ、この成果を生み出したかどうかは振り返らないとわかりません。ログやアンケートなどのデータを基にお客様の利用状況を振り返って、必要な改善を愚直に回していく。これをデータドリブン開発と呼んでいます。
体制の切り離しと権限委譲で開発サイクルを加速
小野原:ここからは素早くサイクルを回すための体制の話をします。先ほどJR東日本の西村様が非常にスケールの大きい組織の話をされていて本当にすごいなと思っていたのですが、私の方はどちらかというとボトムアップの形で進めておりまして、対比が面白いかなと思います。
ハードウェアと連携するモバイルアプリには2つの世界観があります。商品のUIを担う部分と、事業部サービスとしてお客様のタッチポイントを担う部分です。一方は品質重視、もう一方はアジリティ重視と、求められるものが異なります。一つのプロダクトでデータドリブン開発のサイクルが異なるというのが非常に難しい部分です。

データドリブン開発をできるだけ素早く回すためには、できるだけ現場で判断して自律的に動いてもらうことが必要になります。そのためにやったのが体制とプロセスの切り離しと権限委譲です。プロジェクトオーナーは事業部長クラスが承認するという非常にプロセスが重い構造でしたので、タッチポイント開発チームを独立させて、自分たちで判断し自律的にサイクルを回せるようにしました。ただ、権限を委譲してもらった以上は信頼を持って開発する必要がありますので、オープンであることを重視してアジャイル的にデータドリブン開発を回しています。
経営と現場をつなぐ事業部門との連携
──西村さんにお伺いしたいのですが、内製開発に切り替えてリリース頻度も大幅に増えた中で、経営と現場それぞれでどんな動きが必要でしたか。
西村:泥臭い話になりますが、やはり事業部門との連携は非常に大事です。内製開発チームだけになってしまうと、事業部門の考えがわかりませんし、事業部門から見ても「あのチームは何をやっているんだかわからない」となってしまいます。具体的には、場所をなるべく事業部門に近いところに作る、事業部門が相談しやすい環境を作るといったことを意識しています。プロダクトオーナーは事業部門の人にきちんと入ってもらい、内製開発チームにもその事業を経験した人をできるだけ入れるようにしています。
──ハードとソフトの開発サイクルが異なるところの折り合いはどうつけていますか。
小野原:商品と連携する体制は、商品のソフトウェア開発部隊とワンチームで開発を行い、品質重視の商品化プロセスに完全に則っています。UIを担っているので、手戻りがハードウェアに影響してしまうかもしれないという緊張感があります。一方でタッチポイント側は、モバイルアプリの特徴を活かしてアップデートを素軽く行い、実験しながら何が効果的かをデータで把握して愚直に繰り返すというスクラムのプロセスを適用しています。
──西村さん、ベンダーとの協業で一番苦労したポイントは。
西村:内製開発はスピードが命ですし、ケイパビリティのある人材も限られています。ベンダーの方にきちんとそういった能力のある方に来ていただくことが一つ大事です。ただ、全てベンダーに任せてしまうと当社のノウハウもたまりませんし、事業部門とのつながりもできません。当社社員も入る必要があり、その能力をどう高めるかという育成がまだオンゴーイングです。
海賊指標とチーム分割による課題解決スピードの最適化
──ソニーさんに、スピードを維持・加速するために工夫されているところをお伺いできますか。
小野原:課題解決に必要なのは課題の設定ですが、何が課題かを特定するにはあるべき姿の定義が大事です。以前のプロダクトOKRでは「ヘッドホンのサービスを進化させてロイヤルユーザーを醸成する」という抽象度の高いObjectiveで、KGIと先行指標が混在したKey Resultsを設定していました。伸びしろがある時期はワークしていましたが、徐々に頭打ちになりました。
そこで全体戦略を見直しました。海賊指標(AARRRモデル)というフレームワークを使って、ユーザーの行動を獲得・活性化・継続・紹介・収益の5段階に分けて分析し、ビジネス成長を加速させる戦略を設定しました。アプリを使い続けるほど価値が増していく体験を提供することで、お客様との繋がりを深め、「次もソニーの商品を選んでもらう」という戦略です。これを設定したことで、ビジネス貢献の仕掛けがメンバーに理解してもらえたというのがまず大きかったと思います。

ただ、これを指標化して「みんなでやりましょう」と言っても、なかなか自分事と思えない、指標が多いといった課題がありました。そこで課題解決のスピードを加速させるために、指標と対応づけてチームを分けました。お客様を獲得して活性化するためのマイデバイスチーム、継続利用を担当するシーンチーム、高頻度の再訪を促すディスカバーチームです。これは実はアプリ下部のタブにも紐づいています。UIのアーキテクチャとソフトウェアのアーキテクチャも完全に分離し、業務に取り掛かるにあたって認知負荷を減らしてドメイン知識を最小にする構成にすることで、スピーディーに回せるようになりました。

委託開発の時代は、分析官・意思決定者・仕様策定者・実装者が全て別で引き渡しが多く、8週間のリリースサイクルにさえ間に合いませんでした。内製開発に切り替えて、現場メンバーが自らデータ分析から意思決定、改善実装まで行うことで、8週間のリリースサイクルがワークしています。
プロセススピード最適化とAI活用
──西村さんにもお伺いしたいのですが、プロセススピード最適化というところで、スピードを維持するために工夫されている部分はありますか。
西村:当社はやはりできるだけ開発部分を人手をかけないでやろうということで、AIを活用しています。具体的には、要件定義は社員がやりますが、そこから先の詳細設計からコード化、そして単体試験までは基本的にAIを使ってやるということを今いくつかのプロジェクトで試しています。試したところ、約9割の業務時間削減になることがわかりましたので、他のプロジェクトにも応用していこうと考えています。まだ改良の余地はありますし、コードを人が見てわからないといけないので当然社員が勉強しないわけにはいきませんが、それを補って余りあるほどの効果があります。
──エンジニアだけでなく全職種の方にも使っていただくというところで、最近進められているAIの取り組みはありますか。
西村:今お話ししたのはGitHubなどを使った内製開発のAI活用の部分ですが、それ以外のところでいうと、全社員向けのAIとしてRAGを内製チームで作り、全社員が使えるようにしています。鉄道業界は特殊な用語やルール、規則が極めて多いので、レファレンス付きで正しい答えを返すAIを提供しています。さらに図面をAIに読ませる取り組みも進めています。いろいろやっているのですが、なかなか図面を読むのは今のAIは得意ではなくて、Geminiでも完全には読めません。そこをいかに教育させて図面をきちんと読ませるかというところに取り組んでいます。図面が読めるAIができたら、各種図面読解についてエージェント化して、オーケストレーションするAIをつけて、人がやっている業務をAIエージェントでできる仕組みを作ろうと開発中です。鉄道の場合は当社だけの課題ではないので、当社でうまくいけば日本国内、もしくは世界でも通用できるかなと思って進めています。
──優先順位の判断付けについてはどのようにされていますか。
西村:基本的にはプロダクトオーナーの意見が一番強いのですが、やはり事業側がシステムを知っていないと優先順位の判断付けがうまくいきません。そこで当社のシステムグループ会社に事業側の人材を2年間出向させて、とにかくシステムだけをやらせるという取り組みを始めました。2年間経って事業側に戻ると、システムがわかったプロダクトオーナーになります。「いかに自分たちが勝手なことを言っていたかがよくわかった」という感想が返ってくるので、一定の効果があると考えています。
──AI活用について、ソニーさんにもお伺いできますか。
小野原:ソニーのAI活用はまだ始まったばかりで伸びしろが多いと思っています。今後というか今やっていることとして、AI時代におけるデータドリブン開発を見据えた取り組みを進めています。そもそもスクラムのプラクティス自体が変わっていくだろうと考えています。少なくとも8週間のリリースサイクルはもっと短縮できますし、データ分析や意思決定もAIからの示唆で行えますし、改善実装もコーディングエージェントで素早くできます。

そのために2つのことをやっています。まずAIフレンドリーな環境への移行とワークフローの転換です。もともと「人が見やすい」「人が残しやすい」ドキュメント置き場やドキュメント形式になっていましたが、AIにとってはフレンドリーではありません。そこでAIが理解しやすいMarkdown形式に移行し、GitHubやSharePointなどAIが必ず参照できる場所に集約して、コーディングだけでなく情報の検索や分析などの業務もAIにやってもらうようにしています。
もう一つはデータ分析基盤の話です。データドリブンのプロダクト開発を行うためのグロースハック人材、つまり分析から実装までできる人材が少なく、開発サイクルにスピード感が出ないという課題があります。そこでDatabricksの基盤を使い、データ分析とAI・機械学習を統合した基盤への移行を進めています。エージェントがデータカタログを参照してSQLを自動生成し、分析結果をすぐに提示するといったことが可能になりますので、そういった使いこなしができる人材を今育てようとしているところです。
内製開発を推進する人材に求められるもの
──最後に、これからどんな人材が求められるかお伺いできますか。
西村:やはり内製開発では自分で手を動かせる人がまず必要です。その上で当社の業務は入社してから勉強できますので、世の中の動きにビビッドに反応できる人が一番望ましいと思います。あとは内製開発はどうしてもチームでやりますので、みんなで意見を出し合ってまとめていける人ですね。
小野原:ソニーが大切にする価値観の一つに「夢と好奇心」があります。AIの新しい流れを楽しんで会得していく人材が必要です。新しい技術があった時にまず飛び込んでいくファーストペンギンが現れるのですが、そこにどんどんついていくセカンドペンギン、そういう人材が非常に大事だと思っています。
佐藤:両社ともユーザー体験をきちんと変えていくというところが見受けられた40分だったと思います。改めてご登壇いただいたお二方に感謝いたします。本日はありがとうございました。
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内製開発Summit 2026
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