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【AI Engineering Summit Tokyo 2025】企業価値に繋がるAI事業の創り方
公開日 更新日

【AI Engineering Summit Tokyo 2025】企業価値に繋がるAI事業の創り方

2025年12月16日、ファインディ株式会社が主催するイベント「AI Engineering Summit Tokyo 2025」が、浜松町コンベンションホール&Hybridスタジオにて開催されました。

本記事では、株式会社estie取締役CTOの岩成 達哉さんによるセッション「企業価値に繋がるAI事業の創り方」の内容をお届けします。

AIを企業価値向上へ結びつけるには、社内業務効率化に留まらず、AIを事業のコアとすることが不可欠です。本講演では、estieが設立した「不動産AI Lab」の事例を通じて、事業開発・プロダクトマネジメント・技術などの観点からAI事業創りの学びについてお話いただきました。

■プロフィール
岩成 達哉
株式会社estie取締役CTO

はじめに

AIは非常に範囲が広く、触っていて楽しいと感じている方も多いのではないでしょうか。一方で、実際にAIのプロダクトや事業をつくる立場として、「AIが企業価値につながっている」と自信を持っていえるケースは、まだ多くないのではないかと思います。

現状、はっきりとした成功事例はなかなか見えていないのが実情で、OpenAIですら企業価値は評価されているものの、この先どうなっていくのかという議論は常に続いています。そうした状況を踏まえると、今最も重要なのは成功事例をなぞることではなく、そこに至るまでの「学び」ではないかと思います。

今日は、estieでこれまでどのような試行錯誤をしてきたのか、そこから何を学んだのかを中心にお伝えしたいと思っています。また、個人的には「エンジニアリング」をかなり広く捉えており、単に技術を実装することではなく、大きな不確実性にどう向き合うかという営みそのものだと考えています。AIという不確実性の高い領域で、どうすれば企業価値をつくっていけるのか、その視点からお話しできればと思います。





自己紹介とestieの「不動産AI Lab」

自己紹介

estieでCTOをしている岩成です。島根県にある松江工業高等専門学校の出身で、高専時代にはプログラミング教育向けの教材をつくり、それをきっかけに起業した経験もあります。

キャリアとしては、前職でIndeed Japanにてソフトウェアエンジニアを3年半ほどやっていました。2020年10月にestieへ入社し、それまで求人情報を扱っていたところから、オフィスをはじめとする不動産情報を扱うようになりました。最初に取り組んだのは、さまざまな情報を集め、それをユーザーに届けるためのデータパイプラインづくりです。その後、1年ほどで取締役CTOとなり、現在はデザイナー、ソフトウェアエンジニア、プロダクトマネージャーといった開発部門全体を統括しています。今年の1月には「不動産AI Lab」を立ち上げました。

個人としては、5歳と3歳の男の子が家にいて、日常的にも不確実性に囲まれているような生活をしています。また、2025年10月からは社会人博士課程に進学し、AIの研究にも取り組んでいます。今日は、この1月に立ち上げた不動産AI Labをベースに、これまでの学びを共有できればと思います。




AI事業の前提となるestieの事業領域と課題認識

estieは現在、社員数が約120人ほどの会社で、そのうち2割ほどが不動産業界出身、約半分がソフトウェア開発に関わるメンバーという構成です。




事業として扱っているのは、商業用不動産です。これは、オフィスや店舗、あるいはECで使われる物流倉庫など、法人がビジネス目的で保有・利用する不動産を指します。

日々働いたり、買い物をしたり、オンラインで購入した商品が届いたりする、その裏側には常に商業用不動産があります。

商業用不動産は住宅とは異なり、法人向けの巨大な市場を持つ一方で、長い歴史を持つ産業でもあるため多くの課題も抱えています。







estieは、こうした課題をテクノロジーとデータの力で改善していくことを目指しています。「産業の真価を、さらに拓く。」というパーパスのもと、不動産業そのものを変えるというよりも、あらゆる産業を支える商業用不動産を進化させることに取り組んでいます。




Marketplace・SaaS・DaaSからなるestieの事業構造

不動産業界の構造を大きく捉えると、不動産取引、不動産運営、それらを支える不動産データの3つに分けられます。




estieはこの3層すべてをカバーする形でサービスを展開しています。1番上には取引が発生するMarketplace、中間には業務を支えるSaaS、そして最下層にデータ基盤としてのDaaSを置いています。




DaaSはデータそのものを提供するレイヤーです。不動産業界には、網羅的なデータベースが存在しないという課題があり、例えばオフィスを探そうとすると、賃料が公開されていないケースが珍しくありません。借りる側・貸す側・仲介会社のいずれにとっても、周辺相場や募集状況を網羅的に把握することは簡単ではありません。そのため、ヒアリングやネットワークを通じた情報収集に依存する場面も多く、いわば「足で稼ぐ」側面が大きい業界でもあります。




estieでは、この課題に対して不動産データベースの構築を進めてきました。オフィスや物流倉庫の坪単価情報、賃貸マンションのデータ、さらにはJ-REITに関する情報など、複数のプロダクトを通じてデータを整備しています。今後は、ホテルや商業施設といった領域にもアセットを広げていく予定です。







同時に、不動産業界出身メンバーが2割いるという強みを活かし、不動産運営を支えるSaaSの開発も進めています。現在ではプロダクト数も10〜20程度にまで増えています。




「不動産AI Lab」立ち上げの狙いと事業全体での位置づけ

こうしたデータとドメイン知識を背景に立ち上げたのが「不動産AI Lab」です。estie自身が不動産事業を行うのではなく、不動産会社がAIやDXに取り組める環境をつくることで、業界全体を前に進めたいと考えています。この取り組みが結果的に、Marketplace、SaaS、DaaSすべてを強化していくことにつながります。








企業価値の⾒取り図

現在の市場で評価される3つの条件

市場から評価される会社とはどんな会社なのか。この評価軸は常に一定ではなく、時期によって求められるものが変わってきます。

今のタイミングで評価される会社の条件を「3K」で整理すると、高成長率、高収益、そして広大なTAM、この3つに集約されると考えています。つまり、売上が伸びていること、しっかり利益が出て黒字化していること、そして今後も成長する余地があること、この3点です。




特に最近は、この中でも高収益、つまり黒字であることが強く求められるようになってきているのが大きな変化だと感じています。

少し前までは、ARRをどれだけ積み上げられるかが重視されていましたが、今は売上だけでなくコストにも目が向けられるようになりました。成長しているかどうかだけでなく、どうやって利益を出しているのかが問われるようになってきています。

そう考えると、企業が向き合う課題の空間はむしろ広がっているともいえます。コストをどう下げるか、生産性をどう上げるかといったテーマがより重要になり、その文脈の中で「ここはAIが使えるのではないか」と考え始めている人も多いのではないでしょうか。

​​estieにおける企業価値の捉え方と経営プロトコル

estieでも、何によって企業価値が決まるのかを社内で整理しています。最終的に企業価値は、利益がどれだけ出ているか、そしてどれくらいのマルチプルが付くかで決まるものだと捉えています。そのマルチプルは、売上やコスト構造だけでなく、業界におけるリーダーシップやポジションによって左右されるものです。

そうした前提のもとで、売上を伸ばす、コストを下げる、データを蓄積する、競争優位性となるMoatを構築するといった複数のレバーを分解し、その中でAIがどこに効くのかを整理しています。AIは売上の拡大にも、コスト削減にも、データ基盤の強化やMoatの構築にも効いてくる。特定の一箇所ではなく、非常に広い範囲に作用する存在だという整理です。




これらが回り始めることで、「不動産×AI」というポジショニングも徐々に築いていけるのではないか。estieではそのように考えています。





estieのAI事業創りを知識創造(SECI)で振り返る

カオスだった試行錯誤を「知識創造」として捉え直す

ここまで、企業価値をどう捉え、その中にAIをどう位置づけているのかという全体像をお話ししました。ここからは、実際にestieの中でどのようにAI事業をつくってきたのか、企業価値につなげるためにどんな試行錯誤をしてきたのか具体的な話に入っていきます。

これまでの試行錯誤を振り返ると、正直なところ「本当にカオスだった」という感覚が強く残っています。ただ改めて考えてみると、単なる混乱ではなく、「知識創造のプロセス」を回していたのではないかと感じます。そこで今回は、そのフレームワークを使って振り返ってみたいと思います。

知識創造の基本的な考え方

参考にしたのは『知識創造企業』です。この本は、スクラムの思想的な起点にもなった考え方を含んでいて、「企業の強さは知識を生み出し、それを製品やサービスとして具現化する力にある」という立場からイノベーションの起こり方を理論化しています。




コアとなるアイデアは、「個人の頭の中にある言語化されていない暗黙知と、文書や図表として表現される形式知が相互に変換されることで、組織の知識が増幅していく」というものです。




SECIモデルで整理するAI事業創りのプロセス

以下の図で示されているのが、SECIモデルです。暗黙知と形式知が循環しながら変換されていくプロセスを表しています。

SECIは、Socialization、Externalization、Combination、Internalizationの頭文字から取られており、まずは他者との体験共有を通じて暗黙知を獲得し、それを言語化して形式知に落とし込みます。形式知はほかの形式知と組み合わさって新たな知識を生み、最終的にはそれを個人が理解・実践することで再び暗黙知として内面化されていきます。この循環を回し続けることで、知識が創造されていくとされています。




知識創造を支える5つの条件と組織設計への示唆

さらに、この知識創造を支えるために必要な要素として、5つの条件が挙げられています。

  • 組織としてどんな意図や目標を持っているのか
  • 自律性が担保され、これまでと異なるやり方が許されているか
  • 外部の刺激を取り入れて前提を揺さぶる「ゆらぎ」や創造的なカオスがあるか
  • 知識をあえて重複して持つことで暗黙知の共有を促すこと、そして外部の多様性に対応できるだけの内部の多様性を備えているか

この5つが揃うことで、知識創造が進むとされています。





AI事業創りの5フェーズ:創世期から移行期まで

estieではAI事業づくりの過程で、結果的に、知識創造を5つのフェーズに分けて実践してきたのではないかと考えています。先ほど紹介したSECIモデルと知識創造を支える5つの要素に当てはめて整理していくと、当時の取り組みやカオスな状況が、かなりスッキリと理解できるようになります。そこで、その視点から振り返ってみようと思います。




第1フェーズ:創世期―なぜAIをやるのかを言語化する

第1サイクルは「創世期」です。この段階でやっていたのは、具体的に何かをつくることではなく、「そもそも、なぜこれをやるのか」という問いを言語化することと、不動産AI Labを立ち上げて独立した組織として実効性を確保することでした。




プロセスとしては、すでに社内にあった知識や前提をつなぎ合わせながら形にしていく、という進め方でした。

立ち上げ当初の2024年は、AI活用の明確な成功事例がまだ見えておらず、かなり手探りな状態でした。一方で、estieの既存事業は順調に成長していて、そうした状況の中で「AIにどれくらいリソースを割くのか」という問いは、非常に難しいものでした。

そこでまず向き合ったのが、「なぜ、いまestieでAIをやるのか」という点です。estieの場合、「産業の真価を、さらに拓く。」というパーパスがその起点になりました。

現在は、賃料情報が可視化されることで、物件を適切な相手に、適切なタイミングで届けられるようになっています。賃料が安すぎれば早く決まるものの価値を取り切れず、高すぎれば決まらず空室が生まれてしまう。価格と成約タイミングには一定の関係があり、その関係をマッチングとして最適化することを、今まさに取り組んでいると捉えています。




ただ、将来的にはさらに踏み込んで、「街をつくる」という領域に入っていくことを考えています。

今はオフィスが建っている場所でも、実は商業施設の方が適しているかもしれない。そうした判断ができるようになれば、街の価値が上がり、土地の価値が上がり、結果として国全体の価値にもつながっていく。土地や建物が魅力的になれば、海外からの投資も呼び込める。

これが、estieが考える「産業の真価を、さらに拓く。」の1つの姿であり、土地や建物の最有効活用という難題を解くための手段としてAIがあるのではないか、というところまでを一度言語化しました。




そのための受け皿、いわば箱として立ち上げたのが不動産AI Labです。先ほど触れたように、個々の企業を支援するというよりも、estieが持っているデータや技術といった強みを活かして、不動産業界全体のデジタルシフトを加速させる。そのための場として不動産AI Labを位置づけています。

では、なぜ今なのかというと、事業の広がりが背景にあります。これまではオフィスを中心に扱う会社でしたが、現在では物流施設や住宅といったアセットにも対応できるようになってきました。そうした状況が整ったことで、「ここに何を建てるべきか」という問いを本気で解けるフェーズに入ったと考え、取り組みを始めた形です。




組織の意図を明確にするために、目標も設定しました。

目標は、達成できたかどうかがはっきり分かり、期限があるものでなければ成果を測れません。そこで、2026年6月末までに、不動産業界の会社がAIの取り組みを始めようとした時、まず「estie」という名前が思い浮かぶような実績を生み出すことを目標として掲げました。




第2フェーズ:立ち上げ期―暗黙知を増やす全方位実践

ここまでで、組織の意図と目標を定め、不動産AI Labという実効性のある組織をつくりました。

そこからいよいよ立ち上げのフェーズに入り、既存のAIに関する知識を暗黙知に変えていく、いわば学びのプロセスへと進んでいきました。このフェーズで意識していた促進要素が、情報の冗長性と最小有効多様性を確保することです。




AIに取り組む際、多くの人が悩むのが「適用範囲が広すぎる」という点です。新規事業に使うのか、既存事業を強化するのか、あるいは社内活用から始めるのか。どれが正解なのか分からず、立ち止まってしまうケースも多いのではないでしょうか。

estieでは、この問いに対して「全部やる」という判断をしました。新規・既存・社内活用のいずれかに絞るのではなく、本当に全方位で取り組むことを選んだ形です。個々にはAIに詳しい人はいたものの、会社全体としてのうねりはまだなかったため、まずは兆しをつくることが重要だと考えました。

その一環として、自分自身も1月から既存事業から離れることを決めました。それまで関わっていた既存事業や、特に力を入れていた採用活動からも一度手を引き、業務としてだけでなく自分の時間を使ってAIを学ぶことにも取り組みました。

最小有効多様性という観点でいうと、1月から本格的にAIに取り組み始めてみて、これは1人では明らかに手数が足りないなと感じました。そこで最初にやったのが、インターン生の採用です。

一方で、情報の冗長性という点では、Slack上にAI関連のチャンネルを数多く立ち上げ、情報をとにかく流すようにしました。そうすることで、組織の中でAIが日常的に話題に上る状態を意図的につくっていった形です。




実際に起きたこととしては、まず分かりやすく価値を出すことを目的に、営業支援の領域でAI活用を試行したり、当時ちょうど成果が見え始めていたAI駆動開発に取り組み始めたりしました。

さらに、コーポレート部門のメンバーが自発的にAI Botをつくり、「この場合、経費はどう精算すればいいのか」といった社内の問いに答えられるようにするなど、社内外でAIに関する会話が自然と生まれ、広がっていきました。




第3フェーズ:探索期―創造的カオスの中で可能性を広げる

次のフェーズは「探索期」です。この段階では、いろいろな人と暗黙知を共有しながら、少しずつ形をつくっていきました。SECIモデルでいうと、「ゆらぎ」と創造的なカオスを意図的につくるフェーズで、具体的には社外との共有を積極的に行っていました。




結果として、半年ほどで複数のプロジェクトを走らせることになります。

前のフェーズで「全部やる」と決めた通り、新規・既存・社内活用のすべてに取り組み、本当に全方位で動いていました。お客さんと並走するプロジェクトも、同時に複数走らせていたと思います。

取り組んだ内容もかなり幅広く、AIエージェントの開発から、分かりやすいところでは「いくらで貸すのが適切なのか」を導く賃料の査定モデルにも取り組みました。不動産は投資対象でもあるので、資金を投下することで賃料を上げられる余地があります。例えば住宅であれば、入り口の照明を改善したり、オートロックを設置したりするといった施策で見た目が良くなれば、住みたくなる。そうした前提のもとで、「いま坪単価3万円だけど、どうすれば3万2,000円にできるのか」といった問いを解くモデルもつくっていました。

こうした取り組みが複数あり、加えて大学との共同研究のようなプロジェクトも進めていました。




これだけ数をこなしていくと、次第に全体像が見えてきます。新規・既存・社内活用をすべてやると決めてはいたものの、実際には既存のプロダクトに手を入れるのはやはり大変で、自然と新しいものをつくる方に集中していく流れになっていきました。

同時に、自分の中にも知識がどんどん蓄積され、学習が進み、自分自身を育てているような感覚にもなっていきました。

一方で、1番大変だったのは、数多くのプロジェクトを回しながら、最終的にお客さんにきちんと満足してもらえる形まで仕上げることでした。その部分はAI駆動開発にも助けてもらいながら、なんとか乗り切っていたというのが当時の実感です。




第4フェーズ:整理期―暗黙知を形式知へと変換する

ここまで、立ち上げから探索という流れで進んできましたが、第4フェーズでは、それまでに自分の中に蓄積されてきた暗黙知、つまり経験や学びを形式知として言語化していく段階に入りました。この時点では、知識創造を支える5つの要素もすでに揃っている状態でした。




探索期には複数のプロジェクトを進めていましたが、実は当時は「いま何個のプロジェクトをやっていますか?」と聞かれても即答できない時期がありました。自分でも正確な数が分からないくらい、かなりの混乱状態だったと思います。

冒頭で、「企業価値は売上やコスト削減、Moatといった要素で説明できる」という話をしましたが、これも実は、あとから複数のプロジェクトを振り返って整理してみて、分類できると分かったものです。最初からきれいに整理されていたわけではありませんでした。




ただ、分類できたとしても、次に気になってくるのは「では、実際にどうやってAI事業をつくっていけばいいのか」という点です。

そこでestieの例で説明すると、先ほど触れた不動産業界の3つの要素に加えて、各事業が目指すべき指標としてNorth Star Metrics(北極星指標)を設定しています。

North Star Metricsを設計する際に意識しているのは、「自分たちはいま、どのゲームにいるのか」という点です。ここには大きく3つのゲームがあり、それが不動産業界の3つの要素と対応しています。




不動産取引の領域では、最終的にどれだけトランザクションが生まれたかが事業価値を決め、売上として積み上がっていきます。

不動産運営の領域では、業務をどれだけ効率化できたか、つまり生産性をどれだけ向上させられたかが重要になります。

そして不動産データの領域では、そもそも賃料データを使ったことがない人も多いという前提があり、まずはどれだけ継続的に使ってもらえるか、アテンションを獲得できるかという「アテンションゲーム」になります。




estieの勝ち筋については、最初から明確だったというより、あとから整理して見えてきたものです。

現時点でestieは、1番下のレイヤーである「データ」をしっかり持っています。ただ、そこからいきなり「トランザクションが増えます」といっても、なかなか納得してもらえません。

そこでまずは、業務効率化の文脈から入り、その延長線上で不動産取引の増加につなげていく、という筋で最近は進めています。

不動産取引において分散している情報を整理し、意思決定やマッチングの精度を高めていくことで、業界全体の取引や業務をより円滑にするということです。

不動産の分かりやすいところは、トランザクションによって得られるリターンが非常に明確な点です。例えば数億円の物件が売買成立すれば、仲介手数料として3%ずつ取れる、といった形で価値を説明しやすい。ここは事業としても理解されやすい部分だと思っています。




こうした取り組みを少し抽象化してパターンとして見ていくと、個々の施策同士のつながりが見えてきます。先ほど触れた売上向上、コスト削減、Moat強化という3つの要素も実は連動しています。

例えば、コスト削減の文脈にはCustomer Successの活動も含まれていて、Customer Successはお客さんの不動産業務を一部代替する役割を担っています。そこを効率化できれば、業務効率化にも直結していく。

最終的には、すべての活動がノウハウの蓄積につながり、そのノウハウをもとに事業をつくっていく。個別に見えていた取り組みが、実は1本の線でつながっている、ということを言語化できたのが、この時期でした。




第5フェーズ:移行期―形式知をDXと結びつけ次の成長へ

これまで整理してきた言語化やフレーミングを踏まえつつ、既存の形式知と組み合わせて新しい形式知を生み出していったのが、最後の「移行期」です。




このあたりは、デジタルトランスフォーメーションいわゆるDXの整理と重ねて考えると分かりやすくなります。

DXは一般に、アナログ・物理データをデジタル化する「デジタイゼーション」があり、その上に個別の業務やプロセスをデジタル化する「デジタライゼーション」が、さらにその先に「デジタルトランスフォーメーション」がある、という階層で説明されます。estieがやってきた取り組みも、まさにこの流れのうえにあります。







ただ、ここで重要なのは「AIがDXをどう加速させるか」という点です。

これまでは、手書きの書類や不動産業界特有の会社ごとにバラバラなフォーマットなど、そもそもデータ化が難しいものがデジタイゼーションの大きな壁になっていました。しかし、今は非構造化データを構造化する技術が進んでいます。

デジタライゼーション、つまり業務プロセスのデジタル化については、これまではSaaSが中心的な役割を果たしてきました。SaaSが強かった理由は、プログラミング言語が業務を最も正確に記述できる手段だったからだと思います。

ただ、その前提も変わりつつあります。LLMの登場によって、業務のドメイン知識そのものをプロンプトとして表現できるようになってきました。

さらに、不動産業界のような大きな産業では、最終的にトランスフォーメーションに至ろうとすると、どうしても既存のシステムや仕組みが足かせになる場面が出てきます。そこに対して、AIによって一気に価値創出を進められる余地が生まれてきた、というのが、いまのAIによるDXの進め方だと捉えています。




そう考えると、AIができること自体は実はそこまで広くなく、本質的にはDXの方がずっと大きな概念なのではないか、という感覚を持つようになりました。最近は、純粋なAI企業よりも、DXやその先の変革まで含めて包括的に扱える会社の方が結果的に大きな価値を生むのではないかと考えています。

これはestieが創業当初から一貫して掲げている考え方でもありますが、私たちは不動産業界のDXを牽引する企業であることを目指しています。この思想がより上位の形式知と結びつくことで、チーム、事業、企業といった各レイヤーで知識の移転が起こっていきました。知識創造の文脈でいえば、これも重要なプロセスの1つであり、それが実際に回り始めたことで、会社全体として何をやるべきかが見えてきたのがこの移行期です。

不動産AI Labは当初、「全部やる」というスタンスで進めてきましたが、この頃になると、やるべきこととやらないことが明確になり、自然と絞り込みと集中のフェーズに入っていきました。それに伴い、責任者を交代するといった体制面の変化も、このタイミングで行っています。




結論として振り返ると、estieにおけるAI事業づくりのプロセスは、まさに知識創造のプロセスそのものでした。

最初からSECIモデルを意識して設計していたわけではありませんが、結果的には、共同化・表出化・連結化・内面化というサイクルをぐるぐる回しながら、新しい知識を生み出していった。そして、その循環を促進するための要素も意図せず整っていった、という形でした。




2025年10月ごろからは、この移行期を終えて次のステップに進んでいます。

現在は新しい責任者が、これまで形式知として整理されたものを再び暗黙知に落とし込んだり、取締役と一緒に、組織としてのAIの取り組みを経営アジェンダとしてどう再定義するか、といったプロセスを進めている段階です。





AI事業創りの振り返り

ここまでで、estieにおけるAI事業づくりのサイクルを一通り紹介してきました。最後に、振り返りとして「やって良かったこと」と「難しかったこと」を整理してみたいと思います。

やって良かったこと:攻めるための「守り」を先に固めたこと

まず、やって良かったこととして大きかったのは、攻めるための「守り」をしっかり固めていた点です。事業づくりと並行して、いくつかの取り組みを進めてきました。

1つは知財戦略です。不動産AI Labを立ち上げた当初から、商標登録といった基本的なところをきちんと押さえるようにしていました。

これは見落とされがちですが、「不動産AI」という領域で活動していく以上、先に他社に取られてしまうリスクは無視できません。また、この2年ほどで20件前後の特許申請も進めており、知財の獲得にも取り組んできました。

あわせて、プロジェクト型で進める際の権利の扱いも重要になるため、そのための契約や運用の雛形づくりにも取り組んでいます。

社内ガイドラインの整備も進めました。AI関連の新しいサービスは次々と出てきますが、そのたびにセキュリティ面の懸念が生じます。そこで、コーポレートITや法務と連携し、原則として1営業日以内に「使って良いかどうか」を判断できるフローを整えました。あわせて、プロダクトにAIを組み込む際のガイドラインも用意しています。

AI駆動開発に関する小さな工夫としては、特定のモデルに固定しない、という方針を取っています。

モデルの進化が非常に速く、ある時期はClaudeが良く、別の時期にはCodexが良い、といったように状況がすぐに変わります。そのため、利用できるモデルは2種類まで選べるようにし、それ以上使いたい場合は個別に相談する、という運用にしています。

このほか、顧客から預かるプライベートデータを複数のプロダクトでどう扱うのが最適か、といったデータ管理の仕組みづくりも進めています。

今後さらに重要になってくると考えているのが、品質保証の観点です。安定性や解釈性、セキュリティといった要素は、これからのAI活用では欠かせないテーマになってきます。このあたりは、実は自分自身の研究テーマでもあり、今後より深く取り組んでいきたいと考えています。




難しかったこと:形式知化の遅れとステークホルダーとの共有

一方で、難しかったこととして強く感じているのが、ステークホルダーの幅広さです。

結論からいうと、形式知をもっと早い段階でつくり、移行期に早く入れていたかもしれない、という反省があります。

estieには、個人やグループの自律性を重視する仕組みとして、「新規事業は代表以外に説明責任を負わない」というルールがあります。

ただ、AIの場合は適用範囲があまりにも広く、この「ある程度、密室で進める」やり方がうまくはまらなかった面もありました。こちら側で育っている暗黙知を形式知にするのが遅れ、その結果として共有が後手に回ってしまうと、認識のズレが生まれてしまいます。そのズレが、新しい事業をつくる段階での合意形成や推進を、思った以上に難しくしていました。

振り返ってみると、知識をどう移転させるかを、社内の「誰に」まで含めて、事業づくりの最中からあらかじめ想定しておくことが必要だったのではないかと思っています。





不確実性に向き合い企業価値へつなげていく

この1年を振り返ると、「企業価値につなげる」という大きな不確実性に向き合ってきた時間だったと思います。

個人的には、エンジニアリングとはまさにこの不確実性に向き合う営みだと考えています。価値はありそうだが正解が分からない課題に取り組むこと自体がエンジニアリングであり、今回やってきたことも、振り返ってみると「いつものエンジニアリング」だったなという感覚があります。

どうすれば企業価値を1番大きくできるのか。その不確実性に対して、まずは不確実性を最も下げられそうな課題を特定し、とにかく手を動かす。これはエンジニアの強みでもありますし、実際にそうやって動いた結果、実例が集まり、そこから抽象化してパターンを見出すことができたのが今回のプロセスでした。

1年前を思い返すと、AIがこの先どうなっていくのか正直まったく分からず、AIに賭けなければいけない、早く成果を出さなければいけない、という焦りもありました。

ただ今は、変化はゆっくりに見えても、確実に起きていると感じています。すでに、AI駆動開発をやっていなかった時代には戻れない。そう考えると、腰を据えてこの課題に向き合っていけるフェーズに入ったのではないか、という感覚があります。

「企業価値につながったか」といわれると、正直まだ道半ばです。ただ、この先、確実につながっていくと信じて、引き続き進めていこうと考えています。




なお、今回はあえて成功パターンについては深く触れませんでした。正直なところ、僕自身もまだ完全には分かっていません。AIエージェントやワークフローをつくりながら感じているのは、事業ごとに「どのゲームで戦っているのか」「どの順番で登っていくべきなのか」がありそうだ、ということです。ただし、これはまだ実践の途中段階です。

技術的な話も、本当はもっと掘り下げて話したいことがたくさんありますが、今回は時間の都合で省いています。取り組みの裏側や、AI事業を一緒にやることに興味がある方とは、ぜひお話しできればと思っています。





アーカイブ動画・発表資料

イベント本編は、アーカイブ動画を公開しています。また、当日の発表資料も掲載しています。あわせてご覧ください。

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AI Engineering Summit Tokyo 2025

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